アーミル・カーン
アーミル・カーン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/24 13:59 UTC 版)
「ボリウッドのカーン」の記事における「アーミル・カーン」の解説
詳細は「アーミル・カーン」を参照 アーミル・カーン(本名:モハメド・アーミル・フセイン・カーン、1965年3月14日生まれ)は、インドで最も商業的に成功したスーパースター俳優の一人に挙げられる。出演本数は少ないものの、映画の内容やクオリティに最大限気を配っているという評価を得ており、ボリウッドでの実績を通してインド映画界で最も人気があり、かつ影響力のある俳優の一人としての地位を確立した。彼の人気はインドでは絶大であり、さらに海外市場、特に2番目に大きな市場である中国で高い人気を得ている。フォーブス誌のロブ・ケインは彼を「間違いなく世界最大のムービースターである」と批評しており、これは世界最大の人口大国であるインド・中国での高い人気が背景にある。 アーミルはナショナル・フィルム・アワードを4つ、フィルムフェア賞を7つ受賞しており、さらにアカデミー賞にもノミネートされているなど数多くの映画賞を受賞している。またインド政府からパドマ・シュリー勲章(2003年)、パドマ・ブーシャン勲章(2010年)を授与されている。 1973年に叔父ナーシル・フセイン(英語版)が監督したボリウッド初のマサラ映画『Yaadon Ki Baaraat』に子役として出演し、俳優として活動を始めた。1984年に実験映画『Holi』で長編映画デビューし、1988年公開の『Qayamat Se Qayamat Tak』で主演デビューした。同作は1990年代のボリウッド・ミュージカル恋愛映画の雛型となり、ヒンディー語映画の歴史における転換点的作品となった。1989年公開の『Raakh』では演技を高く評価され、ナショナル・フィルム・アワード 審査員特別賞(英語版)を受賞している。1990年代にはヒンディー語映画の主演俳優の地位を確立し、『Dil』『Raja Hindustani』『Sarfarosh』などのヒット作に出演した。 1999年に製作会社アーミル・カーン・プロダクションを設立し、2001年に初のプロデュース作品『ラガーン』を製作した(主演兼務)。同作はアカデミー外国語映画賞にノミネートされた他、ナショナル・フィルム・アワード 健全な娯楽を提供する最優秀大衆映画賞(英語版)、フィルムフェア賞 最優秀作品賞(英語版)、フィルムフェア賞 最優秀主演男優賞(英語版)などの映画賞を受賞した。2006年には『Fanaa』『Rang De Basanti』に主演し、両作とも興行的な成功を収めた。2007年には『Taare Zameen Par』で監督デビューし、フィルムフェア賞 最優秀監督賞(英語版)を受賞した。彼が主演を務めた『Ghajini』『きっと、うまくいく』『チェイス!』『PK』『ダンガル きっと、つよくなる』は、いずれもヒンディー語映画の興行収入ランキングの上位にランクインしている。『ダンガル きっと、うまくいく』の成功後、「アーミルは世界最大のスーパースターになった」という指摘がなされるようになった。
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