さくら・あきよし追突事故の影響
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「さくら (列車)」の記事における「さくら・あきよし追突事故の影響」の解説
前述したように、1961年12月29日に発生した事故により、「さくら」用20系客車編成の内14両中12両が破損し、基本編成8両は代車を確保したものの、付属編成6両が不足する事態となった。当時最新の20系客車は、他の寝台特急列車の運用も合わせてぎりぎりの両数がフル稼働している状況であり、しかも年末年始の多客期ゆえに予備車まで総動員しており、直ちにこれらの代替車を捻出することは不可能であった。そのため、事故車の復旧が完了するまでの暫定処置として、10系客車やそれ以前に製造された旧形客車(スハネ30形など)を付属編成の代替として20系編成に併結し、「さくら」の運行に当てることとした。 2等寝台(現在のB寝台)の基本設備に限れば、10系寝台車の設備は20系客車に比して大きく劣るものではなかった。しかし、20系客車と旧形客車とは以下の点で異なっていた。 貫通幌が異なり互換性が無かった。なお貫通幌自体は14系・24系では旧形客車と同じものに戻されている。 集中電源方式による電気暖房の20系と異なり、旧型の暖房は暖房用蒸気を機関車から蒸気管により供給する構造になっている。このことから常に機関車側に連結する必要があり、下り列車では非貫通構造の20系電源車の前位、つまり長崎方に連結せざるをえなかった。 このため上り、下りとも基本編成と付属編成との間の通り抜けができず、付属編成の乗客は食堂車が利用できないなど、サービス面で問題となった。このため国鉄は旧形客車部分を利用した乗客の特急料金を100円払い戻す措置を行った。 「さくら」1961年12月20日時点での正規編成と暫定編成との相違 表・編・話・歴・PJR・PJRN・C 20系正規編成による「さくら」 ← 長崎 東京 → 編成基本編成 付属編成 号車1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 カニ22 ナロネ22 ナロ20 ナシ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハフ21 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハフ20 編成図詳細も参照。 1962年1月7日の下り「さくら」編成車両形式番号ナハネ10 66 ナハネ10 94 ナハネ10 98 オハネ17 13 オハネ17 19 スハネ30 63 カニ22 2 ナロネ22 2 ナロ20 54 ナシ20 53 ナハネ20 64 ナハネ20 53 ナハ20 1 ナハフ20 4 座席等級種別二等寝台車 電源荷物車 一等寝台車(A・B) 一等座席車 食堂車 二等寝台車 二等座席車 運転区間博多駅←東京間連結、一般形車両 全区間連結、20系客車 「ナロネ22形」車両の場合、車両項目及びA寝台、等級の表現と各車種の座席種類についても参照。
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