木村伊兵衛
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木村 伊兵衛(きむら いへい[1]、1901年12月12日 - 1974年5月31日[2])は、20世紀に活動した日本の写真家。戦前・戦後を通じて活動した日本を代表する著名な写真家の一人。
注
- ^ 田沼が書いた文章によると、木村の撮影助手を長く務めた後しばらくその仕事を離れていたが、ある日木村から、池田首相の写真を撮らねばならなくなったから手伝うように、との連絡があった[7]。また木村は、撮影は田沼が行うように指示していた[7]。木村はエリートや権力的人間を嫌っていたのでこの仕事をやりたくなかったようだが、木村の旧友の生活のためにやむなく引き受けたらしい[7]。実際、迎えのハイヤーの中では箱根に着くまで木村は機嫌が悪かったという[7]。撮影はホテルの会議室が使われたが、木村ではなく助手の田沼が撮影したので池田は怪訝な顔をしていた[7]。その後、撮影場所を池田の別荘に移し、孫や夫人と一緒に撮影することになった際、和室姿で庭に現れた池田の衣服を夫人が直そうとした瞬間、木村は田沼の使っていたライカをさっと取り上げて連続してシャッターを切った[7]。木村の撮った池田勇人の写真はこの時のものである。
- ^ 背景にTOKYO P.X.の文字が見えるので、銀座4丁目の服部時計店 (現・和光) 前の写真であることがわかる。
出典
- ^ 『朝日年鑑 第2巻』 : “木村伊兵衛” (p.55) 1973年 朝日新聞社
- ^ 『12月12日は写真家・木村伊兵衛の誕生日です』 2014年12月12日 FASHION HEADLINE
- ^ この写真館は後に俳優小沢昭一の父が借り受けている。その後戦災で焼失。
- ^ a b c d e 『クラシックカメラ専科No.50、ライカブック'99ライカのメカニズム』p.128。
- ^ 『クラシックカメラ専科No.19、ライカブック'92』p.24。
- ^ 三島靖『木村伊兵衛と土門拳』p.17。
- ^ a b c d e f 渡辺義雄、安岡章太郎、佐々木崑 ほか 編『木村伊兵衛 写真全集 昭和時代』 2巻、筑摩書房、1984年、187頁。ISBN 4480613021。
- ^ 『ニコン党入門』p.165。
- 1 木村伊兵衛とは
- 2 木村伊兵衛の概要
- 3 来歴
- 4 作風・人物像
- 5 脚注
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