「自発的」アーリア化
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ナチ党政権誕生後の一連の反ユダヤ立法によってユダヤ人は公務員や弁護士、医師などの職業から追放されたが、ユダヤ人企業の事業活動には当初手は付けられていなかった。ユダヤ人企業については、解体か「アーリア化」(ユダヤ人企業をドイツ人企業が買収すること)がナチ党政権の基本方針だったが、経済相ヒャルマル・シャハトが行き過ぎた反ユダヤ主義を嫌っていたため、アーリア化は徹底されてこなかった。しかし1937年11月にシャハトが経済相を辞任し、四カ年計画全権責任者ヘルマン・ゲーリングが後任の経済相に就任したことでアーリア化が加速することとなった。ゲーリングは「あらゆる大企業をアーリア化することが私の務めである」と公言していた。 アーリア化ははじめ(少なくとも形式的には)ドイツ企業とユダヤ企業の契約という形で「自由意思の譲渡」による「自発的」アーリア化で行われた。ユダヤ人商店不買運動による顧客の切り離し、割当規制によるユダヤ人業者と仕入先業者との分断などユダヤ人企業の価値を低下させようとするナチ党の工作はこの「自発的」アーリア化を促すためのものであった。とりわけ発展が期待できるユダヤ人企業はこうした圧力を強く受けた。ユダヤ人実業家たちはこれ以上反ユダヤ主義政策が酷くなって一層企業価値を下げられる前に自ら進んで売却しようとした。 ドイツ人企業にとってユダヤ人企業は「物件」と化し、ドイツの各銀行はユダヤ人企業を探索して買収を斡旋することを専門業務の一つとするようになり、それにより莫大な利益を得た。ところが1938年初頭からドイツ産業界の購買力が弱った。1938年5月にはドレスデン銀行の頭取が「ドイツ人の買い手より(売却を希望する)ユダヤ人企業の方が多い」と嘆いている。結果ユダヤ人企業の価格をさらに下げる必要に迫られ、そのために買い手同士が買収をめぐって価格釣り上げ競争を行う事がないよう協定が結ばれるようになった。さらに1938年4月26日にはユダヤ人企業を買収する契約に際してはドイツ政府の承認が必要とされるようになり、ユダヤ人企業の価格が上がらないよう政府から監視された。これまでのユダヤ人企業の売却価格には「企業価値」(商標のブランド力など評価を高める要素)のような無形財産まで含まれていたが、ドイツ政府は「もはやユダヤ人が経営している企業に企業価値など存在しない」ので「企業価値」に対する金銭は支払わなくて良いとした。こうしてユダヤ人企業はドイツ人企業の言い値での売却か、全く売却できない状態に追い込まれた。
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