'90s中頃以降 -新興ゲイ雑誌の創刊-とは? わかりやすく解説

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'90s中頃以降 -新興ゲイ雑誌の創刊-

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/14 16:32 UTC 版)

ゲイ雑誌」の記事における「'90s中頃以降 -新興ゲイ雑誌の創刊-」の解説

1990年代に入ると「Badi」(1993年12月創刊)や「G-men」(1995年4月創刊)などの新しゲイ雑誌創刊相次いだ薔薇族やさぶといった従来ゲイ雑誌は、ゲイ世界とは下半身繋がりしかない既婚者のための趣味雑誌」というスタンスで、こと異性愛者薔薇族編集長伊藤文學は「ゲイには圧倒的に末っ子多く母親甘やかして育てるから同性愛者になる」というネガティブ考え繰り返しコラムテレビインタビュー表明し同性婚にも否定的女性との結婚勧めていた。同性愛者社会的弱者きめつけ府中青年の家裁判などにも冷ややかだった。ゲイライターの伏見憲昭は当時薔薇族について「異性愛者編集長が“可哀相なホモたち”を諭し擁護する構図は、ゲイたちの中に自らのセクシュアリティ対する『後ろめたさ』を持たせたといっている。また東郷健ゲイ当事者性を重視する立場から「ゲイでない人間ゲイ食いものにしている」と伊藤批判していた。そんな同誌の編集方針ゲイ共感得られず、部数低迷し、後に休刊余儀なくされる。 それに対し新興G-menBadiの2誌は同性愛ポジティブ捉えゲイであることをこの際楽しんで生きようというスタンスで、新しいゲイシーンを提案した従来気の毒な同性愛者というスタンス薔薇族ゲイリブ偏重理屈っぽいアドン対し、その斬新なスタイル多くゲイ共感を呼ぶことになる。伊藤同性婚否定したコラムをめぐり、後発の「Badi」と誌面論争にもなっている。ただしBadi伊藤コラム批判決し挑発的なものではなく先輩誌に敬意払いながら同性婚否定する姿勢は悲しい、と静かに綴るのだったその後伊藤コラム同性婚否定撤回している。因みにBadi編集部にはマツコ・デラックスブルボンヌ在籍した1997年にはBadiと同じテラ出版からコミック誌「パレード」季刊)、1999年にはやはりテラ出版から「ファビュラス」が発行された。ファビュラス編集長Badi初代編集長でもあったマーガレットこと小倉東で、かつて存在したMLMWと似て成人記事載せず、主として日本国外ゲイ情報などを誌面にし、スポンサータワーレコードユナイテッドアローズなど一般企業参加したことでも注目されたが、2000年6月休刊した。同じ99年には「QUEER JAPAN」(勁草書房)が創刊された。編集長はゲイライターの伏見憲明で、ゲイライフ老後などの問題アカデミック取り上げたまた、1999年男性SM専門誌「SM-Z」(のちの「SUPER SM-Z」)も創刊された。

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