複素数
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 14:35 UTC 版)
他分野における複素数の利用
複素数 A と実数 ω により定まる、一変数 t の関数 Aeiωt は時間 t に対して周期的に変化する量を表していると見なすことができる。周期的に変化し、ある種の微分方程式を満たすような量を示すこのような表示はフェーザ表示と呼ばれ、電気・電子工学における回路解析や、機械工学・ロボット工学における制御理論、土木・建築系における振動解析で用いられている[18]。
物理学
物理における振動や波動など、互いに関係の深い2つの実数の物理量を複素数の形に組み合わせて表現すると便利な場面が多いため、よく用いられる。
量子力学では複素数が本質的である(数学的定式化に用いられる)。物体の位置と運動量とはフーリエ変換を介して同等の扱いがなされ、波動関数たちのなす複素ヒルベルト空間とその上の作用素たちが理論の枠組みを与える。
複素数の拡張
複素数とは実数体上の、実数単位 1, 虚数単位 i の線型結合であるが、これに新たな単位を有限個加えて可換体(通常の四則演算ができる数の体系)を作ることはできない[19][20]。実数体 R から拡張して C を得る過程はケーリー=ディクソンの構成法と呼ばれる。この過程を推し進めると、より高次元の四元数体 H, 八元数体 O が得られる。これらの、実数体上の線形空間としての次元はそれぞれ 4, 8 である。この文脈において複素数は「二元数」(binarions) とも呼ばれる[21]。
注意すべき点として、実数体にケーリー=ディクソンの構成を施したことにより、順序に関する性質が失われていることである。より高次元へ進めば実数や複素数に関してよく知られた性質が失われていくことになる。四元数は唯一の非可換体であり[19][20](つまり、ある二つの四元数 x, y に対して x·y ≠ y·x となる)、八元数では(非可換なばかりでなく)乗法に関する結合法則も失われる(つまり、ある八元数 x, y, z に対して (x⋅y)⋅z ≠ x⋅(y⋅z) となる)。一般に、実数体 R 上のノルム多元体は、同型による違いを除いて、実数体 R, 複素数体 C, 四元数体 H, 八元数体 O の4種類しかない(フルヴィッツの定理)[22]。ケーリー=ディクソン構成の次の段階で得られる十六元数環ではこの構造は無くなってしまう。
ケーリー=ディクソン構成は、C(を R-線型環、つまり乗法を持つ R-線型空間と見て)の正則表現と近しい関係にある。すなわち、複素数 w に対して、R-線型写像 fw を
とすると、fw の(順序付き)基底 (1, i) に関する表現行列は、実二次正方行列
である(つまり、#行列表現で述べた行列に他ならない)。これは C の標準的な線型表現だが、唯一の表現ではない。実際、
なる形の任意の行列はその平方が単位行列の −1 倍、すなわち J2 = −I を満たすから、行列の集合
もまた C に同型となり、R2 上に別の複素構造を与える。これは線型複素構造の概念によって一般化することができる。
多元数は R, C, H, O もさらに一般化するもので、例えば分解型複素数環は剰余環 R[x]/(x2 − 1) である(複素数は剰余環 R[x]/(x2 + 1) であった)。この環において方程式 a2 = 1 は4つの解を持つ。
実数体 R は有理数体 Q の通常の絶対値による距離に関する完備化である。Q 上の別の距離函数をとれば、任意の素数 p に対して p進数体 Qp が導かれる(つまりこれは実数体 R の類似対応物である)。オストロフスキーの定理によれば、この R と Qp 以外に Q の非自明な完備化は存在しない。Qp の代数的閉包 Qp にもノルムは伸びるが、C の場合と異なり、そのノルムに関して Qp は完備にならない。Qp の完備化 Cp は再び代数的閉体であり、C の類似対応物として p-進複素数体と呼ぶ。
体 R, Qp およびそれらの有限次拡大体は、すべて局所体である。
脚注
注釈
- ^ ガウスは、1831年[1]に発表した論文で、複素数を 独: "Komplexe Zahl"(「複合的な数」)と表し、初めて複素数に名前を付けた[2][3]。
英: "Complex number" を最初に「複素数」と訳したのは、日本の藤沢利喜太郎である[4]。1889年の著書『数学用語英和対訳字書』[1] p.7 による。(ただし、東京数学会社による、"Composite number"(合成数)の日本語訳「複素数」も見られる) - ^ 辞書式順序は全順序であるが、複素数に入れると +, × と両立しない。
「順序集合」を参照
- ^ 1 と実数体上線型独立なベクトル u が u2 = 1 or 0 となるものとすれば、別の種類の二元数が得られる。
- ^ 複素数を拡張した四元数では、逆数はこの式で定義される[10]。
- ^ これは正確には適当なリーマン面を考えるべきであろうけれども、直観的には tan(arctan(α)) = α かつ arctan(tan(β)) = β が常に成り立っているように枝を渡る(特定の一つの枝を固定したのでは不連続となる点の前後で、実際には隣の枝に遷る)と理解することができる。
出典
- ^ なぜ虚数単位iの2乗は-1になるのか?#6.3.3. 複素数の由来 x_seek
- ^ 複素数 2006/10/05 (PDF) 矢崎成俊 p.3
- ^ 複素平面の基本概念 (PDF) p.3
- ^ 片野善一郎『数学用語と記号ものがたり』裳華房、2003年8月25日、63頁。
- ^ a b ニューアクション編集委員会『NEW ACTION LEGEND数学2+B―思考と戦略 数列・ベクトル』(単行本)東京書籍、2019年2月1日、53頁。ISBN 978-4487379927。
- ^ Weisstein, Eric W. "Complex Number". mathworld.wolfram.com (英語).
- ^ Murray Ralph Spiegel 著、石原宗一 訳『複素解析』オーム社〈マグロウヒル大学演習〉、1995年5月。ISBN 978-4274130106。
- ^ Aufmann, Richard N.; Barker, Vernon C.; Nation, Richard D. (2007), “Chapter P”, College Algebra and Trigonometry (6 ed.), Cengage Learning, p. 66, ISBN 0-618-82515-0
- ^ a b c 表 (1988)
- ^ 『{{{2}}}』 - 高校数学の美しい物語
- ^ Kasana, H.S. (2005), “Chapter 1”, Complex Variables: Theory And Applications (2nd ed.), PHI Learning Pvt. Ltd, p. 14, ISBN 81-203-2641-5
- ^ Nilsson, James William; Riedel, Susan A. (2008), “Chapter 9”, Electric circuits (8th ed.), Prentice Hall, p. 338, ISBN 0-13-198925-1
- ^ 木村 & 高野 1991, p. 4.
- ^ 高木『解析概論』付録I, §10.
- ^ 高木 (1996, 14. 函数論縁起)
- ^ a b 高木 (1996, pp. 94f.)
- ^ 高木 (1965, §9. 代数学の基本定理)
- ^ なお電気電子工学分野では虚数単位は「j」を用いることが多い(電流(の密度)「i」と混同を避けるため)。
- ^ a b 志賀 (1989, pp. 212–214)
- ^ a b 高木 (1996, pp. 102–116)
- ^ Kevin McCrimmon (2004) A Taste of Jordan Algebras, p.64, Universitext, Springer ISBN 0-387-95447-3 MR2014924
- ^ エビングハウスほか (2012)
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