渋み 渋みの概要

渋み

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/20 19:17 UTC 版)

また、味を分類する概念の一つ。の渋のような味を表す。

美意識の渋み

渋さと美

京都の河井寛次郎記念館
絵唐津・鉄絵萩文壺、1590-1610年代。
西芳寺湘南亭

渋さは、日本の美意識の一つとして人や物の表現に使用されている[1]。美意識における「渋さの美」について、柳宗悦は以下のように説明している。

「渋さは奥に「空」の美が宿る。だから無地をしばしば尊しとした。「茶」の茶碗は好んで無地を選んだ。情緒が深まれば必然にそこに帰るのである。たとえ絵付があっても簡素である。「絵唐津」が好まれたのは、絵を無に近いまで静にされてあるからである。」 — 柳 宗悦 「渋さの美」『工芸文化』文芸春秋社 1942年 p.221

渋さは日本庭園あるいは日本式庭園の基調を表現するものでもあり[2]柳宗悦焼き物染織漆器、木竹工など「用の美」の表現に使用している[3]

現代ではデザインの概念の説明にも使用されており、吉岡徹・市原茂によると、江戸時代の美意識の1つである「」の現代の女子大生のイメージには「渋み」の感覚があるという[4]色彩の表現においても「渋さ」は用いられており、一般に「渋い色」といった場合は彩度の低い色や明度の低い色、もしくはその両方が低い色を指す[5]

日本の芸術家である岡本太郎は「渋み」について執筆しており[6]、音楽界では、音楽の概念の表現に「渋さ」が使用されている[7][8]。最近のバンドの名前の一部に使用しているグループがあり、「渋さ知らズオーケストラ」がある[9]

海外での"shibui"の評価

海外での“shibui”は、日本の美意識として評価されている。陶芸家にして白樺派や民芸運動にも関わりがあるほか、日本民藝館の設立にあたって柳宗悦に協力したイギリス人バーナード・リーチは、純粋芸術としての陶芸に対して実用的な日用陶器を作る制作スタイルを示していた。「The Unknown Craftsman: A Japanese Insight Into Beauty」などを使い、日本の“Wabi, Sabi and Shibui”の概念をイギリスに紹介し[10]、展覧会も開いてその理論を解説した。

濱田庄司が外遊し[11]、サンノゼ州立大学でのワークショップを行った時の学生であり、ソルトレイクシティにいた陶芸家のDorothy Bearnson[12]は、「鉄釉の陶器」で「渋さ」を表現した作品を発表した[13]。また、「しぶい」は日本の美意識として注目され、海外の現代美術で特集されたことが、1960年に『芸術新潮』で日本に紹介されていた[14][15]

1979年には、アメリカ小説家であるトレヴェニアンの小説の題材として採用された。日本のデザインを表現する上で基本的な概念と考えられており[16]、「shibui」の語は英語最大の辞典であるオックスフォード英語辞典にも掲載されている。

味覚の渋み

渋味物質と感覚

渋柿

味覚としての渋みは「味」の字を当てて渋味とも書く。

渋味物質は、主にアルミニウム亜鉛クロームのような多価の金属イオン、植物タンニンエチルアルコールアセトンのような脱水性溶媒、ハロゲン化酢酸を含む酸類の4種に大別される味というが、五基本味ではなく触覚に近い感覚という[17]

渋味と苦味は異なるものであり、例えば、柿渋の渋みはタンニン茶葉の渋味はカテキン、苦味はカフェインによるものである[18][19]

渋味は、味を分類する概念のひとつと考えられている。しかし生理学的定義に基づく味覚のいわゆる五原味うま味)には含まれず、辛味と同様、渋味は触覚に近い感覚だと考えられている[20]

渋柿、ワインなどに含まれるタンニンは、口に入れると強い渋味を感じさせる。これはタンニンが舌や口腔粘膜のタンパク質と結合して変性させることによると言われている。このようなタンニンによる粘膜の変性作用のことを「収斂作用」と呼ぶ。渋味は厳密には味覚の一種というよりも、このタンパク変性によって生じる痛みや触覚に近い感覚だと言われているため、渋味のことを「収斂味」(しゅうれんみ)と呼ぶこともある。

タンニンが渋味を感じさせるためには、その水溶性が高く唾液に溶けることが必要である。逆に、縮合タンニンの重合度が増したことなどによって不溶化すると渋味を感じさせなくなる。渋柿を甘くするために干し柿にするのは、この効果を狙ってのことである。

渋味と日本茶

雲龍院で出された抹茶

日本茶は渋味を嗜好する飲食物である。「茶」は平安時代に伝わり、室町時代茶道が発展して緑茶あるいは日本茶抹茶煎茶などで、日本人は渋味を嗜んできており、渋味を好ましい味覚として受け入れることは長年の食生活を通じて徐々に熟成されてきたといえる。渋味は、日本茶の嗜好を比較するうえで一つの基準とされている[21]

茶の渋味は、緑茶中に含まれるカテキン(タンニン)によるものであることが示されている[22]。また、抹茶アイスや抹茶チョコレートのように渋味の含まれる食品は根強い人気があり、定番商品になっている。

食における色彩嗜好とイメージとの関係について、「茶は渋さ、にがさのイメージと結びつく」という[23]。また、日本茶と渋さの関係は柳宗悦によると、美意識の表現として「渋さ」に影響を与えたという。

「幸いにも日本では、ごく普通の言葉を借りて、深い美を現すことが試みられた。すべての国民が美の標準を易々と語り得た国は、日本のほかにないと思える。それは他の国語に訳しようのないほど固有な言葉である。誰がいい始めたか、一語「渋い」という言い現し方で、最後の標準を述べた。この言葉が隅々まで普及したのは「茶」が与って力があったであろう。」 — 柳 宗悦 「渋さの美」『工芸文化』文芸春秋社 1942年 p.215

  1. ^ 林 茂夫「美意識を表現する「渋い」という言葉の様態」『多摩芸術学園紀要』6号 多摩芸術学園 1980年
  2. ^ 上原敬二 「日本式庭園/(二) 基調 / 2 さび・佗び・渋さ」『庭園入門講座 第10巻 (日本式庭園・各種庭園)』加島書店 1969年
  3. ^ 柳 宗悦 「下篇 美と工藝、澁さの美」『工芸文化』文芸春秋社 1942年
  4. ^ 吉岡 徹・市原 茂「女子大生における「粋」のイメージ構造について : 九鬼周造の粋理論の検討」『デザイン学研究』49巻1号 2002年
  5. ^ 吉村によると、「「渋い色」の「渋い」は、「落ち着いた、地味な」の意であるが、複雑な色相からくる灰色みを帯びた「渋い色」を美しいと感じてきた伝統が日本にあった」という(吉村2007 19p)
  6. ^ 岡本太郎「渋みとなまなましさ」今日の芸術 : 時代を創造するものは誰か光文社 1954年
  7. ^ 池辺 晋一郎 「池辺晋一郎の「新・ドヴォルザーク考」 ドヴォルザークの音符たち(14)この方らしからぬ「渋さ」--交響曲第3番」『音楽の友』69-5 2011年
  8. ^ 新保 祐司 「音楽手帖(38)国のさゝやき--ハンゼンの渋さ」『発言者/西部邁事務所 編』103巻 秀明出版会 2002年
  9. ^ ジャズベーシスト不破大輔は、1989年にバンド「渋さ知らズ」を結成した。陣野俊史『渋さ知らズ』河出書房新社 2005年
  10. ^ Bernard Leach (Adapter), Soetsu Yanagi (著) (1972) The Unknown Craftsman- Japanese Insight into Beauty. Kodansha International
  11. ^ 濱田庄司、バーナード・リーチ、柳宗悦等は欧米で陶芸に関する講演・実演を行っている。濱田庄司 「欧米の陶工」『窯業協會誌』Vol.63 No.707 窯業協会 1955年
  12. ^ springvilleartmuseum
  13. ^ Constance Rodman Theodore (1993). Shibusa and the iron glaze ware of Dorothy Bearnson. M.A. Dept. of Art, University of Utah 
  14. ^ 河北 倫明 「「しぶさ」と現代美術--特集・海外で特集された「しぶい」」『芸術新潮』11-11 1960年
  15. ^ 谷口 吉郎 「世界語としての「しぶい」--特集・海外で特集された「しぶい」」『芸術新潮』11-11 1960年
  16. ^ Boye Lafayette De Mente Elements of Japanese design : key terms for understanding & using Japan's classic wabi-sabi-shibui concepts Tuttle Pub 2006
  17. ^ 中川致之「渋味物質のいき値とたんぱく質に対する反応性」『日本食品工業学会誌』第19巻第11号 日本食品工業学会 1972年
  18. ^ 都甲潔『味と匂いを測る感性バイオセンサ開発の現状と将来(五感メディア,食メディア,ソーシャルメディア,マルチメディア,仮想環境基礎,映像符号化,クラウド,モバイル,ネットワーク,及びこれらの品質と信頼性,一般)』(電子情報通信学会技術研究報告 2014年)
  19. ^ 山本(山田)万里『茶葉中抗ルギー成分,がん転移抑制成分の探索・評価および利用技術(ビタミン・バイオファクターの新展開 : 健康と食)』(ビタミン学会・ビタミン 2004年)
  20. ^ 後藤奈美によると「渋味は、いわゆる五原味(甘・酸・塩・苦・旨味)には含まれず、対応する味覚受容体が報告されていない。味蕾のない上唇と歯茎の間に渋味を与える硫酸アンモニウムや硫酸銅の溶液を垂らしても渋味として感知されることから、辛味と同様、渋味は触覚に近い感覚だと考えられている。」という。後藤奈美「赤ワインの渋み」『日本醸造協会誌』107巻4号 2012年 p.212
  21. ^ 立山千草「新潟県村上産及び静岡県産煎茶についての嗜好調査」『県立新潟女子短期大学研究紀要』31巻 県立新潟女子短期大学 1994年
  22. ^ 中川(1975)では、品種別煎茶(茶業試験場製)の中から12種を試料として使用し、渋味度の計測が行われている。中川致之「緑茶の渋味の計測」『茶業研究報告』No.43 日本茶業技術協会 1975年
  23. ^ 今井弥生、津久井亜紀夫、西川真理枝、高野美栄「衣・食における色彩嗜好の主成分分析 Principal Component Analysis of Color Preference in Food and Costume」『東京家政学院大学紀要』第22巻、東京家政学院大学、1982年、29頁。 


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