東武9000系電車
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東武9000系電車 (東武9000型電車・9050型電車) | |
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基本情報 | |
運用者 | 東武鉄道 |
製造所 |
東急車輛製造 アルナ工機 富士重工業 |
製造年 |
1981年(試作車) 1987年 - 1991年(量産車) 1994年(9050型) |
製造数 | 10編成100両 |
運用開始 |
9000型:1981年12月28日[1] 9050型:1994年12月7日[1] |
投入先 | 東上本線 |
主要諸元 | |
編成 | 10両編成 |
軌間 | 1,067 mm |
電気方式 | 直流1,500 V(架空電車線方式) |
最高運転速度 |
100 km/h(東武線内) 80 km/h(地下鉄線内) 110 km/h(東急線内) |
設計最高速度 | 110 km/h |
起動加速度 | 3.3 km/h/s |
減速度(常用) | 3.7 km/h/s |
減速度(非常) | 4.5 km/h/s |
編成定員 |
9000型 1400名 9050型 1470名 |
車両定員 |
9000型 Tc1・2=136名 他=144名 9050型 Tc3・4=141名 他=152名 |
自重 | 本文参照 |
全長 | 20,000 mm |
全幅 |
2,874 mm(9050型・9108F除く) 2,878 mm(9108F・9050型) |
全高 |
パンタグラフ折りたたみ高さ:4,145 mm クーラーキセ高さ:4,045 mm |
車体 | ステンレス鋼 |
台車 |
9101F TRS-81M・TRS-81T 9000型(9101F以外)TRS-81M・TRS-83T 9050型 TRS-94M・TRS-94T |
主電動機 |
9000型 直流複巻電動機 9050型 かご形三相誘導電動機 |
主電動機出力 | 150 kW |
駆動方式 |
9000型 中空軸平行カルダン駆動方式 9050型 TD平行カルダン駆動方式 |
歯車比 |
9000型 16:87(5.44) 9050型 14:87(6.21) |
制御方式 |
AFE式主回路チョッパ制御(9000型) GTO-VVVFインバータ制御(9050型) |
制動装置 | 回生ブレーキ併用全電気指令式空気制動 |
保安装置 |
東武形ATS・T-DATC・新CS-ATC・ATO*・ATC-P* (*は9101Fを除く) |
本項では、9000型[注 1]のマイナーチェンジ車として1994年(平成6年)に登場した9050型電車[注 1]についても記述する。また、個々の編成を表す場合は池袋、新木場、元町・中華街方先頭車の車両番号の末尾に「F」(「編成」を意味する英語:Formationの頭文字)を付して表記する。
概要
東上線と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄〈東京メトロ〉)有楽町線との相互直通運転用車両として製造された[2]。
全編成が10両編成で、東上本線のみに所属する。9000型は試作車と量産車とに大別され、量産車のうち最後に増備された1編成の9108Fは外観が異なる。他にマイナーチェンジ型として9050型があり、在籍数は9000型・9050型合わせて10編成(100両)ながらバリエーションに富む。
後継車両である50070型とともに、東上本線と有楽町線・副都心線・東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線の直通運転列車を主体に使用されている。2023年現在、9000型は東京メトロ線、東急線、みなとみらい線内で営業列車として運用される唯一のチョッパ制御車両である。
また、後に地下鉄直通用として登場した20000系(20000型・20050型・20070型)や30000系[注 2]に関しては新型車両への置き換えや車両運用の都合などを理由として地下鉄直通運用からは撤退したが、本系列は試作車を除き地下鉄直通からは撤退していない。
系列別概要
9000型
試作車(9101F)
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Fe%2Fed%2F%25E6%259D%25B1%25E6%25AD%25A6%25E9%2589%2584%25E9%2581%25939000%25E7%25B3%25BB%25E9%259B%25BB%25E8%25BB%258A.jpg%2F300px-%25E6%259D%25B1%25E6%25AD%25A6%25E9%2589%2584%25E9%2581%25939000%25E7%25B3%25BB%25E9%259B%25BB%25E8%25BB%258A.jpg)
1981年11月に竣工した10両編成1本の試作車で、同年12月28日より営業運転を開始[1]。本編成落成当時、東上本線と有楽町線との直通運転時期までは期間があったが(約6年間)、乗務員への教習訓練や、実際に乗り入れを行う際にスムーズに行えるよう考慮して先行試作された[2]。
本系列の設計にあたっては省エネ形長寿命経済車を目指し、以下の方針に重点を置いた[2]。
- 省エネルギーな電車とすること
- 省力化保守に対応できるものであること
- 経費のかからないものとすること
- シンプルなものであること
- 高性能な電車であること
本系列は、東武鉄道の車両で初の10両固定編成であるとともに、8000系以来18年ぶりの新系列ということもあり[注 3]、軽量ステンレス車体、AFE(自動界磁励磁)式主回路チョッパ制御装置、回生ブレーキ併用の全電気指令式電磁直通制動、1段式下降窓、それに通勤車としては初の自動式前面・側面行先表示器が採用されるなど、数多くの新機軸が導入された。
ただし、側面行先表示器については準備工事に留まり、1987年(昭和62年)の有楽町線乗り入れ開始直前まで使用されなかった。方向幕の内容は量産車(副都心線対応改造工事前)と共通で、有楽町線内の行先は黄色地に紺文字、東上本線普通の行先(池袋・上板橋・成増含む)は紺地に白文字の、それぞれ種別なしで表示されていた[注 4]。
車体は軽量化や長寿命化の図れる軽量ステンレス構造を採用し、東武本線で1720系や5700系などの優等列車で用いられたロイヤルマルーンの帯を巻いている[2]。東武鉄道が軽量ステンレス車両の導入を決定したのは東急車輛製造からの提案で[3]、同社が開発した軽量ステンレス車両は東急8090系で実用化した、外板コルゲートを廃したビードブレス構造であった[3]。しかし、東武鉄道の採用にあたっては、同社へ車両を製造していたアルナ工機・富士重工業3社との共同設計(技術比較のために1つの編成を3社が分担製造した)となり、軽量ステンレス車両の製造が初めてとなるアルナ工機や富士重工業にも製造がしやすい工法として、コルゲート外板の使用や板圧を厚くするなどの変更がされ、標準軽量ステンレス車である東急8090系よりも車両重量が増加した[3]。
前面は周囲の部分をFRPの飾り枠で覆い、さらに中央で縦に「く」の字に折られたデザインとして立体感を強調したデザインとした[2]。正面の非常口は車掌台側に寄せており、運転台スペースが広く取られている[2]。外観には「ロイヤルマルーン」色の帯が巻かれ、これは以後の東武ステンレス車の標準となった。車体側面は屋根肩部は丸みを付け、また側面窓枠の角にも丸みを付けて上品な雰囲気の外観とした[2]。
車内内板は天井をミルキーホワイト色、側面をクリーム色キャンパス模様の化粧板を使用して明るくすっきりさせる内装とした[2]。側窓は東武鉄道初となる窓格子を廃したサッシュレス構造の一段下降式の窓とした[4]。床敷物は緑色のアロンフロアリング仕上げ。側面の割り付けは8000系に準じており、座席は扉間が7人掛け、車端部が4人掛けとされている。落成時の座席モケットは、当時の8000系などの通勤車両と同じ「コロラド・オレンジ」と呼ばれる茶色系の色調であったが、後に量産車と同じ黄緑色のものへ交換されている。座席端部の仕切りはパイプによるもので、縦方向は直線ではなく段状になっている。
乗務員室内は緑色の配色で、主幹制御器はツーハンドルマスコン式である。また、運転台には機器の故障状況を表示するモニタ表示盤が設置され、異常時にも迅速に対応出来るようにしている。
制御装置は東洋電機製造独自の方式となるAFE(自動界磁励磁)式主回路チョッパ制御を採用した(制御装置はATRF-H8150-609A形・チョッパ装置はRG609-A-M形)[5][6]。この制御方式は150 kW出力の直流複巻電動機をチョッパ装置で制御するもので、従来のチョッパ制御よりも主回路が簡単になるという利点がある[6]。
台車は従来から東武鉄道の車両で使用しているS形ミンデン(片板ばね式)構造の空気ばね台車(FS511形・FS011形〈東武形式TRS-81M形・TRS-81T形〉)で、本系列では軸箱の板ばね支持部にU形ゴムパッドを挿入したSU形ミンデン構造とすることで乗り心地の向上を図った[4]。
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Fb%2Fb7%2FTobu9000-ATRF-RG609A.jpg%2F300px-Tobu9000-ATRF-RG609A.jpg)
ブレーキ装置は回生ブレーキを常用とする電気指令式空気ブレーキ(HRD-2R)を採用した[6]。従来の電磁直通ブレーキ(HSC)方式と比較して空気配管の削減、ブレーキ応答性を大幅に向上させている[6]。この他、保安ブレーキと降雪時に使用する抑圧ブレーキを装備している[6]。また、基礎ブレーキ構造は付随台車は両抱き式踏面ブレーキ構造、動力台車は回生ブレーキを使用できることから片押し式踏面ブレーキ構造とした[4]。
保安装置は東武ATS装置と地下鉄用ATC装置の機能を1つの装置に集約した東芝製の「ATC/S装置」を採用した[6]。装置はICを用いたデジタル回路とすることで高信頼性を図っている他、ATC/S装置として集約したことで機器の大幅な小型化を実現している[6]。また、列車無線装置は東武空間波無線(SR)及び地下鉄誘導無線(IR)の2種類を搭載した[6]。補助電源装置は在来車で使用している電動発電機を大容量化したもので、210 kVAと大出力のブラシレス方式MG(TBG-81形)とした(東洋電機製造製TDK3361-A形[5])[6]。
冷房装置は東芝製のRPU-3002A形(集約分散式能力12.2 kW・10,500 kcal/h)を各車4台搭載する(1両あたり48.84 kW・42,000 kcal/h)。
本編成は量産車が登場するのに合わせて1987年(昭和62年)9月にアルナ工機において、以下に記載するような有楽町線への乗り入れ改造が実施された。
- モハ9200形・モハ9500形・モハ9800形に2基搭載されていたパンタグラフを1基に削減。
- 主回路チョッパ装置を改良し、チョッパ周波数を高周波化。
その後、落成から約17年を迎える1997年(平成9年)7月から9月にかけてはM車(電動車)をアルナ工機に入場させ、主回路チョッパ装置が量産車と同等品へと交換された。
量産車とは車内の化粧板や側面方向幕の位置の違い(試作車では車端部だったが量産車では車両中央となった)などから判別することは容易である。客用扉の客室側はステンレス無塗装仕上げであり、ドアエンジンが8000系以前の車両と同じで腰掛下収納式で量産車の鴨居内蔵式とは異なる。車両間の連結面貫通扉はモハ9300形・モハ9600形・モハ9900形の池袋寄りに設置している。乗務員室と客室の仕切りには乗務員室扉の他に小窓が2つあるが、量産車ではそのうちの1箇所を配電盤のスペースとした。
量産車(9102F - 9108F)
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Fd%2Fdf%2FTobu-Series9000R_9106.jpg%2F300px-Tobu-Series9000R_9106.jpg)
有楽町線との相互直通運転開始に伴い、1987年5月から8月にかけて量産車10両編成6本(9102 - 9107F)が増備された[7]。試作車からの主な変更点は次の通り。
- 外観
- 雨どいの設置位置が変更され、幕板部の形状が変化している。さらに屋根上に点検用のランボード(足掛け)が設置された。
- 車体裾部に取り付けていた台車付近の補強材(通称:天秤梁)を省略。
- 側出入口間の寸法を4,680 mmから4,800 mm(ドア中心同士の間隔)に延長、車端部は2,730 mmから2,550 mm(車体端からドア中心までの間隔)に短縮した。先頭車は車体長を変えずに乗務員室の寸法を確保するため、車端部は乗務員室側を2,700 mm、連結面側を2,400 mmとした。
- 側面行先表示器の設置位置は車端部から中央部に変更され[7]、先頭車では設置箇所を1箇所増設した。
- 冷房装置の筐体を通風器と一体型のカバーに変更[7]。
- 前照灯ユニットの変更。
- 尾灯や戸閉車側灯などには従来の電球に代わってLEDを採用。
- 走行装置
- 制御装置の素子を逆導通サイリスタからGTOサイリスタ(4,500V - 2,300A)に変更し、素子の冷却方式をブロアによる強制風冷式から冷媒沸騰冷却式に変更(制御装置はATRF-H8150-615A形・チョッパ装置はRG615-A-M形)[8][9][7]。
- 台車は改良が加えられ、基礎ブレーキは付随台車も片押し式となった。形式はFS511B形・FS011S形(東武形式TRS-81M形・TRS-83T形)。
- 電動空気圧縮機はHB-2000CA形(2000l/min)からHS20C形(2130l/min)へ変更され、振動や騒音の低減が図られている[7]。
- ブレーキ制御装置も変更され、緩解音が若干変化している。
- パンタグラフは搭載数が見直され、1両につき2台から1台(1編成あたり3台)に削減。
- 内装
- 側出入口位置の変更に伴い、車端部の座席が3人掛けとなったほか、座席の1人分の掛け幅を425mmから450mmに拡大。
- 床は緑色のアロンフロアリングから茶色のロンリウムに変更されている。
- 客用扉客室側は化粧板仕上げに変更され、連結面貫通扉は各車両に設置された。
- 車内天井では冷風吹き出し口が変更され、補助送風機として新たにスイープファンを設置。
- 乗務員室
- 運転台のマスコンハンドルとブレーキ設定器を無接点化し、操作性の向上と小形化を図っている。
その後、1991年(平成3年)には新たに10両編成1本が増備された。この9108Fでは、車体側面はビードプレス加工となり、全体が光沢を抑えたダルフィニシュ(梨地)仕上げになるなど、外観が10030型に準じたものとされ、印象が変わっている。また、補助電源装置も従来のブラシレスMGから10030型と同様のGTO素子を使用した静止形インバータ(SIV)に変更されている。この他、電動空気圧縮機の搭載車両の変更や車内でラジオ放送が受信できるようラジオ受信装置を設置するなどの改良がされている。
9050型(9151F・9152F)
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Fd%2Fd6%2FTobu-Series9050R_9152.jpg%2F300px-Tobu-Series9050R_9152.jpg)
1994年12月7日の有楽町線新線(現:副都心線)の開業に伴う輸送力増強のため、9000型のマイナーチェンジ車両として10両編成2本が製造された[10]。本系列は「明るい」「都会感覚」をコンセプトとした[10][11]。
9108Fや10030型と同様に外板はビードプレス加工でロイヤルマルーンの帯を巻いており正面形状にも変化はないが、前面窓枠内を黒色基調とした他、行先表示器は字幕式からLED式となった。また、電動機の冷却用に設けられていた屋上の通風器を廃止。側窓については引き続きユニット式1段下降窓構造だが、9000系のシュリーレン方式からスパイラルバランサ方式として、保守性の向上が図られている[10]。
本系列では制御装置が日比谷線直通用の20000系20050型と同型の東洋電機製造製のGTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御とされた[11][12]。なお、VVVFインバータ装置と主電動機は20050系と同一品を使用しており、機器の共通化による予備品低減が図られている[10]。
補助電源装置は機器の小形化と低騒音化(GTO素子に比較してスイッチング周波数が高いため)を図れるIGBT素子を使用したSIVに変更した[10][11]。空気圧縮機は電動機を直流電動機から三相誘導電動機を使用したSIM-HS-20-1形を使用し、小形化やメンテナンス性の向上を図った[10][11]。台車はボルスタレス台車(SS-141・SS-041形、東武形式TRS-94M形・TRS-94T形)に変更された[10][11]。
内装カラーは白色の化粧板を基本とし、床敷物は中央通路部にマーブル調の茶色を、座席前は茶色単色としてフットラインを明確にした。座席モケットは茶色系の区分柄入りで、1人分の座席掛け幅は450mmを踏襲[10]。この白色内板に床敷物と座席モケットに茶色を配色することで、明るくソフトな室内空間とした[10]。なお、優先席部の座席モケットはシルバー色として一般席と差別化を図っている[10]。
編成中の2か所には車椅子スペースを設置しており、この場所には非常時に乗務員と相互通話が可能な通話式非常通報装置を配置している(同スペース以外は警報式非常通報装置のまま)[10]。床面高さは9000系の1,175 mmから1,150 mmに下げられたため、天井高さを25 mm高くしている[10]。また、側出入口部は30 mm高くした1,830 mmとしている[10]。荷棚は金網式からパイプ式に変更、連結面の貫通扉は下方まで拡大された大形窓のものとした。
サービス機器では自動放送装置(新製時は東上線男声、営団線女声)と乗降促進ブザーが採用され、側面には車外案内放送用スピーカーを設置[10][11]。製造時には各ドア上部に9インチ液晶モニター式の車内案内表示器とドアチャイムを装備した[10][11]。ただし、1999年に2編成とも輝度低下やバックライトが劣化し、維持費がかかるため撤去され広告枠となった。その後、2008年の副都心線対応改造工事の際、3色LED横スクロール式車内案内表示器が千鳥状に再度設置されている。
注釈
出典
- ^ a b c 交通新聞社『鉄道ダイヤ情報』2006年3月号特集「東武鉄道車両カタログ(通勤車篇)p.27。
- ^ a b c d e f g h 交友社「鉄道ファン」1982年2月号新車ガイド「東武東上線に9000系登場」46-47頁記事。
- ^ a b c 交友社「鉄道ファン」1993年4月号連載「ある車両技術者の回想10:軽量ステンレス車両開発の苦心談」pp.102 - 103。
- ^ a b c 交友社「鉄道ファン」1982年2月号新車ガイド「東武東上線に9000系登場」48-50頁記事。
- ^ a b 東洋電機製造『東洋電機技報』第51号(1982年4月)「東武鉄道株式会社納9000形新造通勤車用電機品」pp.2 - 12。
- ^ a b c d e f g h i 交友社「鉄道ファン」1982年2月号新車ガイド「東武東上線に9000系登場」50-52頁記事。
- ^ a b c d e 『鉄道ジャーナル』第21巻第11号、鉄道ジャーナル社、1987年9月、123頁。
- ^ 東洋電機製造『東洋電機技報』第70号(1988年3月)「東武鉄道(株)納9000形車用チョッパ制御装置」pp.16 - 20。
- ^ a b 東洋電機製造『東洋電機技報』第71号(1988年7月)「62年総集編」pp.4 - 5。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 日本鉄道運転協会「運転協会誌」1995年3月号新型車両プロフィールガイド「東武鉄道9050系」記事。
- ^ a b c d e f g 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」1995年10月臨時増刊号新車年鑑1995年版「東武鉄道9050系」記事。
- ^ 東洋電機製造『東洋電機技報』第92号(1995年7月)「'94総集編」p.5。
- ^ a b c 「ホームドア時代」に取り残された車両の運命 ほかの路線で元気に活躍する車両もあるが… - 東洋経済オンライン(2020年11月10日)、2023年5月5日閲覧
- ^ 東京メトロニュースリリース 有楽町線にホームドアを設置します - 東京地下鉄株式会社(2010年4月27日)、2023年5月5日閲覧
- ^ a b c 鉄道車両の床材料の交換指示について(国土交通省報道発表資料・インターネットアーカイブ)。
- ^ a b c 鉄道車両の床材料の改良計画について(国土交通省報道発表資料)。
- ^ “2月12日(月)から「すぐ、そこ。KAWAGOE!トレイン」を運行します!”. 東武鉄道. 2024年2月4日閲覧。
- ^ “東武 KAWAGOEラッピングトレイン 運転”. 鉄道コム. 2024年2月4日閲覧。
- ^ “NFT発売記念】東上線9101編成廃車回送 前面展望(森林公園~寄居・羽生~渡瀬北留置)”. 東武鉄道公式YouTubeチャンネル「【公式】東武鉄道チャンネル / TOBU Railway」. 2024年3月9日閲覧。
- ^ “東上線に新型車両導入へ 東武、2024年度の鉄道事業設備投資計画を発表”. 鉄道コム (2024年4月30日). 2024年4月30日閲覧。
- ^ 東武9050形9152Fが南栗橋へ railf.jp 鉄道ニュース 2020年9月18日
- ^ 東武9050形が夜間試運転で渡瀬へ railf.jp 鉄道ニュース 2020年9月21日
- ^ 東武インターテック株式会社の公式サイトより
- ^ 東武9000系9108編成が南栗橋へ railf.jp 鉄道ニュース 2020年11月14日
- ^ 東武線に車体広告電車が登場!(東武鉄道ニュースリリース・インターネットアーカイブ・2002年時点の版)。
- 1 東武9000系電車とは
- 2 東武9000系電車の概要
- 3 副都心線直通に伴う改造
- 4 編成表・諸元表
- 5 運用
- 6 脚注
固有名詞の分類
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