ヴォルガ川 名称

ヴォルガ川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/22 19:49 UTC 版)

名称

スキタイはヴォルガ川を「湿気」という意味の "Rā"(Ῥᾶ)と呼んでいた。『アヴェスター』には「神秘の流れ」という意味の "Raŋhā" と言及され、サンスクリット語では同じ意味で "rasā́h" と呼ばれている。ソグド語では「血管」という意味の "r'k"(*raha-ka、vein, blood vessel)と呼ぶ。現代モルドヴィン諸語では "Rav"(Рав)と呼ぶ。スラブ民族はスキタイ系の名称を翻訳した借用語の「ヴォルガ」と呼んだ。

この地のテュルク系諸族はヴォルガ川をイティル川カラチャイ・バルカル語: Итилタタール語: Иделバシキール語: Иҙелカザフ語: Еділチュヴァシ語: Атăл)と呼んでいた。その一方、モンゴル諸族イジル川モンゴル語: Ижил мөрөнカルムイク語: Иҗил-һол)と呼んでいた。

ヴォルガ川中流域からウラル山脈にかけてのテュルク系のヴォルガ・タタール人バシキール人フィン・ウゴル系マリ人などの多く住む地方は、イデル=ウラルと呼ばれる。フン族もこの流域に移動しており、アッティラ大王の名はこの川に由来するという見方もある。

流路

上流

モスクワサンクトペテルブルクの中間にあるヴァルダイ丘陵の海抜225mを源流とし、モスクワの北を南北に蛇行しながらルジェフを通り、トヴェーリトヴェルツァ川と合流する。トヴェルツァ川は源流のあるヴイシニー・ヴォロチョークで、ネヴァ川へと流れ込むツナ川と近接しており、この両河川を通りバルト海とヴォルガ川をつなぐルートは古くから利用されており、ヴァリャーギからギリシアへの道の重要なルートとなっており、トヴェーリはこの交通の要所として栄えた。ドゥブナでは南のモスクワからのモスクワ運河と接続する。ドゥブナからは北東に向きを変え、ウグリチを通りルイビンスクへとたどりつく。ルイビンスクには1941年に完成した巨大なルイビンスク・ダムがヴォルガ川の流れを堰き止め、人造湖としては世界第8位というルイビンスク湖を形成している。ルイビンスク湖の北端にはシェクスナ川がつながっており、ここからオネガ湖ラドガ湖を通ってサンクトペテルブルクまで水運がつながっている。ルイビンスクからヴォルガ川は東に流れ、ヤロスラヴリコストロマを通る。このウグリチからコストロマまでの区間は、ロシアの古い都市群、いわゆる「黄金の環」と呼ばれる地位の北端に位置し、ウグリチ、ルイビンスク、ヤロスラヴリ、コストロマはそれぞれ黄金の環に属する都市であり、古い歴史を持っている。ヴォルガ川はキネシマを通ったのち、ゴロジェッツとザヴォルジエのすぐ上流にあるニジニ・ノヴゴロド・ダムが遮っている。このダムの水力発電所は両市の大きな産業となっている。その下流、ニジニ・ノヴゴロドでヴォルガ川は西から流れてきたオカ川と合流する。このオカ川との合流地点までがヴォルガ川の上流とされる。このヴォルガ上流の流れる地域、つまりトヴェーリ州ヤロスラヴリ州コストロマ州イヴァノヴォ州北部は、総称してヴォルガ上流地方(ヴェルフニェヴォルジェ)と呼ばれる。このヴォルガ上流地方はタイガの広がる地域で、混合農業が営まれ、酪農が盛んでチーズバターがよく生産される地域である。

中流

ニジニ・ノヴゴロドは人口120万人を数え、ロシア国内でも第4位、ヴォルガ川沿岸では最大の都市である。古くから交通の結節点として重要な土地であり、またヴォルガ川の水運を利用した北部のタイガ地帯と南部の平原との間の交易都市として栄え、ニジニ・ノヴゴロドの定期市は、19世紀半ばまで、中央アジアからやってくるブハラ商人とロシア人たちとの重要な交易の場となっていた。ここでオカ川が合流することで、ヴォルガ川の水量はほぼ倍増する。ここからもしばらくは東進し、南岸にあるチュヴァシ共和国の首都チェボクサルを通過したのち、タタールスタン共和国の首都カザンの辺りで東から南へと流れを変え、カザンの南で東のウラル山脈から流れてきたカマ川をあわせ、一帯は2005年にユネスコ生物圏保護区に指定された[2]。ニジニ・ノヴゴロドからカザンまではヴォルガ川をほぼ境として、北はタイガ、南は混合林地帯となっている。このカマ川との合流地点までがヴォルガ川の中流域となる[3]。この中流域はほぼ全域が沿ヴォルガ連邦管区に含まれる。そのうちヴォルガ川沿岸の州は、上流からニジニ・ノヴゴロド州マリ・エル共和国チュヴァシ共和国、タタールスタン共和国となっている。

下流・サマーラ屈曲まで

カマ川合流地点から南下したヴォルガ川は、西岸のプリヴォルガ高地[4]と、東岸の低地に挟まれながらウリヤノフスクを過ぎたのち、クイビシェフ・ダムのあるトリヤッチからジグリ山地にぶつかって大きく屈曲し、サマーラサマーラ川と合流したのち、再び元の方向へと向きを変える。このサマーラ付近の流路は横を向いたUの字形をしており、「サマーラ屈曲」と呼ばれる。この区域はほぼ全域が沿ヴォルガ連邦管区に含まれており、2006年にジグリ自然保護区一帯が「ヴォルガ中流域統合生物圏保護区」としてユネスコの生物圏保護区に指定された[5]。そのうちヴォルガ川沿岸の州は、上流からタタールスタン共和国、ウリヤノフスク州サマーラ州となっている。この地域の植生は、ほぼ全域が森林ステップとなっている。また、カマ川合流地点以南の土壌は肥沃な黒土であり、いわゆる黒土地帯としてロシアの農業の中心地域となっている。

下流・カスピ海まで

ヴォルゴグラードでのヴォルガ川

サマーラ屈曲はシズラニで終わり、再びヴォルガ川は南西へと流路を変えるが、西岸がプリヴォルガ高地、東岸が低地となっていることには変わりない。バラコヴォに建設されたダムから広がるサラトフ湖は、シズラニまで広がっている。サラトフエンゲリスなどの都市を経由し、カムイシンの遙か上流まで広がり、ヴォルシスキーのダムまで広がるヴォルゴグラード湖を抜ける。ヴォルシスキーではヴォルガ川最大の派川にあたるアフトゥバ川を東に分けたのち、ヴォルゴグラートで南東へと向きを変える。ヴォルゴグラードは帝政時代はツァリーツィン、スターリン時代はスターリングラードと呼ばれた町であるが、同じくこの付近で屈曲し西へと流路を向けるドン川との距離が最も狭まる地点であり、また、プルヴォルガ高地もヴォルゴグラードまでで途切れるため、古くから両河川交通の連結地として交通の要衝となってきた。ソヴィエト連邦時代に入り、ヴォルゴグラードの南からドン川までヴォルガ・ドン運河が建設され、両河川は水運で結ばれた。ここまでの地域は肥沃な黒土の広がる、いわゆる黒土地帯であり、春小麦やヒマワリなどが盛んに栽培される。しかしこの地域はすでに気候的にはかなり乾燥しており、灌漑なしでは穀物栽培が不可能であるため、この地域には大規模な灌漑施設が整えられ、灌漑面積はロシア全体でも大きな割合を占めている[6]。ヴォルゴグラードには2009年に全長7kmに及ぶヴォルゴグラード橋が架けられヴォルガ川の両岸が結ばれたが、橋は強風時に共振を起こし大きく揺れたため翌年には再改修された[7]

ヴォルゴグラードより南は完全な乾燥地帯となり、ヴォルガ川河岸地域を除いては半砂漠が点在する。また、この区間では本流に合流する支流がなくなる代わりに、多数の派川が本流から分岐する。このうちで最も大きな派川はアフトゥバ川である。これらの多数の派川はほぼヴォルガ本流に並行して流れ、なかでもアフトゥバ川はヴォルガ本流の北を450km並行して流れたのち、最後まで合流しないままカスピ海へと流入する。この両河川の間は幅20kmから30kmほどの氾濫原となっており[8]、2011年にユネスコの生物圏保護区に指定された[9]。この氾濫原は乾燥地の中の大オアシスとして、またこれらの河川のもたらす肥沃な土壌を利用した果物野菜の生産地として知られている[10]。またカスピ海沿岸低地に入るため、海面よりも低いところを流れることになり、アストラハンの近くの海抜マイナス28m地点でカスピ海に注ぐ。カスピ海は水深が浅く、ヴォルガ川はここでアストラハンを中心とした広大なヴォルガ・デルタ英語版を形成する。このデルタの河口、カスピ海に注ぎ込む部分は幅150kmにも及ぶ[8]。このデルタにはヴォルガ川の派川が無数に流れており、低湿地帯であることなどからあまり開発の手がはいっておらず、自然保護区に指定されて野鳥の楽園となっている。三角州一帯は1976年にラムサール条約登録地となり[11]、1984年にユネスコの生物圏保護区にも指定された[12]。行政区分としては、サラトフ付近がサラトフ州として沿ヴォルガ連邦管区に、ヴォルゴグラード州アストラハン州南部連邦管区に属する。

地理

ヴォルガ川の支流にはオカ川カマ川といった大河が含まれ、ヴォルガ川水系はモスクワ都市圏をはじめロシアの人口の多い地域や経済的・政治的に重要な地域をすっぽりと覆っている。カスピ海に注ぐ三角州・ヴォルガ・デルタは160kmにわたり伸びており、その中にアストラハンなどの街があり、500程度の派川に分かれている。

帝政ロシア時代にはヴォルガ川海軍艦隊が置かれた。ヴォルガ川は水運が盛んなほか、ヴォルガ・ドン運河、モスクワ運河、ヴォルガ・バルト水路など多くの運河が建設されており、運河やドン川を伝って、白海バルト海カスピ海アゾフ海黒海)などの間が水路で繋がっている。また巨大なダム水力発電所が流域に多数建設され、多数の町を沈めた海のような貯水湖がいくつも連なっている。ヴォルガ川は冬季結氷し、上流では11月下旬から4月中旬ごろまで、下流では12月上旬から3月中旬まで船舶の航行ができない[13]

ヴォルガ川の水の供給源のうちで最も重要なものは冬の雪と氷であり、これらが溶ける春にヴォルガ川の水量は最多となる。特にこれらの水の集中する南部では、かつては春になると毎年のように洪水が起こっていた。また逆に、夏季には水量の低下が起こり、船舶の航行に支障をきたすこともままあった。こうした状況を改善するべく、ソビエト連邦時代にはヴォルガ川沿岸に次々とダムが建設され、水量の調節によってこうした災害は起こらなくなったものの、ヴォルガ川は半ばダムと貯水池の連続体のような形となった[3]

周辺の気候は、上流部は森林で、南下するに従い森林ステップ、サラトフ以南はステップと半砂漠になり、河口のアストラハン周辺は砂漠気候となる[14]

流域は肥沃でが大量に生産される。ヴォルガ川によって灌漑される農地は200万ヘクタールに及ぶ[15]。また、石油天然ガス岩塩などの鉱物資源も豊富である。ヴォルガ・デルタとカスピ海は漁業が盛んで、アストラハンはキャビア生産の中心地となっている。一方で沿岸の化学工場による汚染も問題となっている。

世界主要河川の比較
アマゾン川 ナイル川 ミシシッピ川 長江 ヴォルガ川 コンゴ川
長さ(km) 6,516 6,650 3,779 6,300 3,700 4,700
流域面積
(100万km2)
7.05 2.9 3.2 1.8 1.3 3.7
平均流量
(1000m3/s.)
297 2-3 18 21 8 39

  1. ^ 『大漢和辞典 [巻一] 』、p.848
  2. ^ Great Volzhsko-Kamsky Biosphere Reserve, Russian Federation” (英語). UNESCO (2019年7月). 2023年3月11日閲覧。
  3. ^ a b ダリンスキー編『ロシア ソ連解体後の地誌』、p.87
  4. ^ ダリンスキー編『ロシア ソ連解体後の地誌』、p.96
  5. ^ Middle Volga Integrated Biosphere Reserve, Russian Federation” (英語). UNESCO (2019年4月19日). 2023年3月11日閲覧。
  6. ^ ダリンスキー編『ロシア ソ連解体後の地誌』、p.102
  7. ^ 「思わず息をのむ、最近できたロシアの橋10選」 ロシアNOW 2015年12月21日 2016年6月22日閲覧
  8. ^ a b Brunet『ロシア・中央アジア』、p.110
  9. ^ Volga-Akhtuba Floodplain Biosphere Reserve, Russian Federation” (英語). UNESCO (2019年4月18日). 2023年3月11日閲覧。
  10. ^ ダリンスキー編『ロシア ソ連解体後の地誌』、p.103
  11. ^ Volga Delta | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2008年8月1日). 2023年2月20日閲覧。
  12. ^ Astrakhan Biosphere Reserve, Russian Federation” (英語). UNESCO (2019年4月23日). 2023年2月20日閲覧。
  13. ^ 「ヴォルガ川」『ロシアを知る事典』新版
  14. ^ 加賀美、木村『東ヨーロッパ・ロシア』、pp.245-246
  15. ^ a b ダリンスキー編『ロシア ソ連解体後の地誌』、p88
  16. ^ 石坂、壽永、諸田、山下『商業史』、p34
  17. ^ 堀越『中世ヨーロッパの歴史』、pp.130-131
  18. ^ 栗生沢『図説 ロシアの歴史』、p.44
  19. ^ 栗生沢『図説 ロシアの歴史』、p57
  20. ^ Brunet『ロシア・中央アジア』、p118
  21. ^ http://www.noordersoft.com/indexen.html






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