せんてんせい‐きんジストロフィー【先天性筋ジストロフィー】
先天性筋ジストロフィー
(1)福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama-type congenital muscular dystrophy: FCMD)
東京女子医大小児科の福山名誉教授により1960年最初に報告されました。筋肉の症状とともに、かなり重い知的発達遅滞、てんかんなど中枢神経症状を合併することが特徴的です。いままでのところ、報告例は日本人に限られています。台湾にも福山型とそっくりな症状をもつ人が報告されましたが、遺伝子変異は日本の福山型とは異なるものでした。
a.病因、病態、病理
2,000ないし3,000年前にあたる日本人の祖先に突然変異が起こり、それが日本全体に広がったと考えられています。第9染色体長腕(9q31)に遺伝子座があります。常染色体劣性遺伝をとり、日本人10万人に対し1ないし2人の患者さんがいると計算されています。また日本人の約80人に一人は遺伝子変異をもっている(保因者)と推定されています。東京大学医科学研究所(現:大阪大学大学院)の戸田達史先生らのグループにより、遺伝子はクローニングされています。それはcDNAで7,349bp、それがコードしているのは461 個のアミノ酸からなる蛋白でフクチン(fukutin)と名付けられています。患者さんではフクチン遺伝子の3'非翻訳領域に3kbのレトロトランスポゾンが挿入されています。一部の患者さんではこの挿入変異と他の変異(点変異など)の組み合わせもあります。このフクチンは正常人では神経細胞の胞体の中にあります。その機能はまだよく分かっていません。
中枢神経系の異常は局所性の多小脳回(polymicrogyria)とよばれているものです。脳回はうんと小さくなっていますから、その異常な場所は肉眼的では平坦で無脳回様にみえます。(図17)。そのほか、白質の髄鞘化遅延、錐体路の低形成がみられます。
脳を後ろからみたところで上の部分が大脳、下の小さいのが小脳。 横の部分(側頭部)(星印)の大脳表面にはしわがなく、つるつるしている。 この部を顕微鏡でみると小さな脳回から出来ている(多小脳回)ことがわかる。 | |
図17:福山型先天性筋ジストロフィーの脳病理 |
正常(左:N)に比較して、福山型(右:FCMD)では筋線維は細い。 筋線維と筋線維の間が大きく空いているのは、結合組織が増生した結果である。 福山型では病早期から結合組織の増生が強いのが特徴的である。 | |
図18: 福山型先天性筋ジストロフィーの筋病理 |
生下時から呼吸不全、哺乳力低下をみるものもありますが、多くは発育、発達の遅れで気付かれるのです。頚定(くびが座る)は平均8カ月といわれています。多くの方では2歳前後で座居まで獲得できますが、歩行を獲得するものはきわめてまれです。剖検例の報告から推定すると、平均寿命は12歳前後ですが、中には長命の方もおられて、私が知っている人は40歳です。
全身の筋力、筋緊張低下があり、乳児期は身体が柔らかく、いわゆるフロッピーインファント(floppy infant: 身体が柔らかくぐにゃぐにゃした赤ちゃんのことです)です。顔面筋罹患があるのが特徴です。すこし表情に乏しく、口をぽかんと開けていて、よだれ(流涎)を多くみます。頬は仮(偽)性肥大のため、ふっくらとしています。睫毛が長く、キラキラとした美しい目をしています(図19、20)。口の中をみると高口蓋が認められます(この高口蓋は顔面罹患があるとみられます。福山型以外では、先天性ミオパチー、先天性筋強直性ジストロフィーという病気でもみられます)。
図19、20:福山型先天性筋ジストロフィー。 多くの患者さんは座ることはできるが、歩く人はまれである。顔面筋が弱いので口をポカンと開けていることが多い。 頬は偽性肥大のためふっくらとしていて、目はさわやかに輝いている。足の関節に拘縮がある。 バンザイをするように頼んでも筋力低下があるため十分にあげられない。 | |||
図19:福山型先天性筋ジストロフィー | 図20:福山型先天性筋ジストロフィー | ※写真掲載の許可を得ています。 |
中枢神経症状は本症には必発です。全例に中−高度の知的発達遅滞をみます。知能指数(IQ)が50以上を越えるお子さんは少ないです。多くは単語のみがしゃべれて、きちんと文章までしゃべれる方はまれです。有熱性ないし、無熱性(てんかん性)痙攣を約半数にみます。でもこのけいれんは薬でコントロールし易く、難治性てんかんはまれです。
c.検査所見
血清クレアチンキナーゼ(CK)値はデュシェンヌ型よりは低いのですが、数千単位の高値を示します(通常の10−30倍)。脳CT/MRIで多小脳回、小脳内の小嚢胞、白質髄鞘化の遅延をみます。筋電図は筋原性で、末梢神経伝導速度は正常です。
(2)メロシン欠損型先天性筋ジストロフィー(merosin-deficient congenital muscular dystrophy)
メロシン(ラミニンα2鎖)は筋肉の細胞膜の外側を覆う基底膜を構成する蛋白です。メロシンはαジストログリカンと結合しています(図6参照)。最近非福山型(古典型)先天性筋ジストロフィーの中に本症が見いだされ、注目を集めています。
a.病因、病態、病理
メロシンをコードする遺伝子(第6染色体長腕にあります)に変異をみます。その変異は点変異、欠失などがありますが、点変異が多く報告されています。筋病理は福山型とほぼ同じで、強い結合組織の増加をみます。メロシン抗体で筋細胞膜が染色されないので、診断は容易です。また電子顕微鏡でみても基底膜は不明瞭で断裂しています。皮膚の基底膜にもメロシンが欠損しているので、皮膚生検でも診断ができます。
b.臨床症状
欧米では非福山型(古典型)の約半数はメロシン欠損型ですが、本邦でのメロシン欠損型の報告は少なく、非福山型の10%以下と推定されています。
症状は福山型にとてもよく似ていますが、メロシン欠損型には中枢神経症状はみられないか、あっても軽度であることが異なっています(まれに福山型と同程度の重症型も報告されているます。そのときは福山型と区別しにくいと考えられています)。全身(顔面筋も含めて)の強い筋力、筋緊張低下、関節拘縮があります。座居までは獲得しても、歩行を獲得する例は少ないことも、福山型に似ています。
c.臨床検査所見
血清クレアチンキナーゼ(CK)値は福山型と同程度(10〜数十倍)に上昇します。中枢神経症状はないのに脳CT/MRI異常が必発で診断的です。白質の髄鞘化不全の所見をみ、それは白質ジストロフィー(leukodystrophy)の所見と一致します(図21)。
正常(右)に比較すると、本症(左)では白質ジストロフィーのような強い変化をみる(熊本大学発達小児科 大谷助教授のご好意による)。 本症には診断的な重要な所見である。 | |
図21:メロシン欠損型先天性筋ジストロフィーの脳MRI像 |
(3)メロシン陽性型先天性筋ジストロフィー(merosin-positive congenital muscular dystrophy)
非福山型(古典型)先天性筋ジストロフィーでメロシン抗体で陽性に染色されるものに与えられた名称です。まだ遺伝子変異も、欠損蛋白も見つかっていないので、原因はいろいろあると考えられています。
メロシン欠損型に比較すると、軽症で90%以上は歩行を獲得します(図22)。顔面筋罹患は約50%で、知的発達遅滞はありません。進行は遅いのですが、20歳前後で歩行不能となる方が多くみられます。
筋力低下は全身にあるが、程度は軽く歩行可能な例が多い。 知的面は正常で、進行は遅い。 顔面筋の罹患は約半数である。 ※写真掲載の許可を得ています。 | |
図22:メロシン陽性型先天性筋ジストロフィー |
(4)ウールリッヒ型先天性筋ジストロフィー(Ullrich congenital muscular dystrophy)(ウールリッヒ病ともよばれる)
ドイツのウールリッヒという人が1930年に最初に報告した病気で、手足の遠位の関節は軟らかく過度に伸展、屈曲するのに、脊柱や首、肩、股関節のような躯幹に近い関節は拘縮して伸縮しないことを特徴としています。患者さんの数が少ないこともあって、まだ分子生物学的なアプローチは始まったばかりです。最近鹿児島大学の樋口先生、イタリアのVanegas先生達は本症ではコラゲンVIの欠損であることを報告されました。すべての患者さんで欠損があるかどうか、研究が進められています。
乳児期から筋力低下があり、発育・発達の遅れがあります。股関節の脱臼がよくみられます。乳児期から手関節、足関節が軟らかく、過度に伸展します(図23,24)。踵がハンマーのように突出しています。顔面筋の罹患(軽い)、高口蓋があります。汗っかきが多いといわれています。お座りまではできる人が約半数、歩行可能となる人が約半数います。進行は停止しているか、進行しても緩徐です。呼吸筋が侵されやすいので、人工呼吸器を必要とすることがあります。心臓はあまり侵されないといわれています。患者さんは知的に優れているといわれています。
多くは座ることができるが、歩行可能例は約半数である。 写真のように肩や肘の関節は拘縮して伸びない (←)。 しかし遠位の手や足の関節は過伸展することが特徴とされている(→)。 | ||
図23:ウーリッヒ型先天性筋ジストロフィー | 図24:ウーリッヒ型先天性筋ジストロフィー |
先天性筋ジストロフィー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/10 14:44 UTC 版)
先天性筋ジストロフィー(せんてんせいきんジストロフィー、英: congenital muscular dystrophy、略称: CMD)は常染色体劣性形式で遺伝する筋疾患群であり、出生時からみられる筋力の低下と、筋生検でみられるさまざまな変化によって特徴づけられる異質性疾患である。筋生検でみられる変化は、試料を採取した年齢により、ミオパチーから明白なジストロフィーまでさまざまである[1][4]。
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先天性筋ジストロフィー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 16:06 UTC 版)
「筋ジストロフィー」の記事における「先天性筋ジストロフィー」の解説
出生時より筋力の低下を認めるものを先天性筋ジストロフィーと呼ぶ。 福山型日本では先天性筋ジストロフィーの中で最も頻度が高い。多くは10歳代で死亡する。 ウールリッヒ型 メロシン欠損症 インテグリン欠損症 ウォーカーワールブルグ症候群
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