シーハリアーとは?

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【シーハリアー】(しーはりあー)

Hawker Siddeley Sea Harrier.
ハリアー発展させた、STOVL艦上戦闘攻撃機

STOVL機軽空母での運用にも適すると考えられたため、インビンシブル級STOVL空母合わせて開発された。
野戦攻撃機であったハリアーに対し、本機艦隊防空航空優勢確保・対艦攻撃・偵察など多岐にわたる任務想定されたため、大幅設計変更を必要とした。
対空・対艦用の「ブルーフォックス」レーダー長距離航法ドップラーレーダー装備HUD兵器照準コンピューター追加などがなされた。
空中戦備えて、キャノピー涙滴型変更された。
またエンジンも、塩害対策を施されたペガサス Mk104に改良された。

フォークランド紛争においては撃墜22機、被撃墜ゼロという圧倒的な戦績を残した。
しかし、対空砲火で2機が失われ、他に運用事故で2機が失われている。

当初運用者であった英国海軍からは既に退役しており、現在はインド海軍のみが使用している(空母ヴィラート艦載機として)。

日本での導入計画

前述通り本機運用したのは英国海軍インド海軍のみであるが、これ以外にわが国海上自衛隊)でも導入検討されたことがある

1981年当時防衛庁今後数年間にわたる業務計画として「中期業務見積り56中業1983年1985年)」を策定した。
この中で海上自衛隊満載排水量2トンクラスの洋上防空軽空母導入することが検討されており、この艦に搭載する「高速哨戒機」として、本機40程度導入する予定だった。

しかし、この時には軽空母建造が見送られたため、本機導入も幻に終わっている。

スペックデータ

乗員1名/2名(複座型)
全長14.50m/12.73m(機首折り畳み時、FRS.1)
14.17m/13.16m(機首折り畳み時、FA.2)
全高3.71m
全幅7.70m/9.04m(フェリー翼端装備時)
主翼面積18.7/20.1フェリー時)
空虚重量5,897kg
運用重量6,374kg
最大離陸重量11,884kg
最大兵装搭載3,269kg
エンジンロールス・ロイス ペガサスMk.104ターボファン推力95.64kN)×1基
速度
超過禁止/最大/巡航
716kt/639kt/459kt
海面上昇15,240km/min
実用上昇限度15,545km
荷重制限+7.8G/-4.2G
戦闘行動半径400nm(制空ミッションAIM-9×4)/250nm(Hi-Lo-Hi・対地攻撃ミッション)(FRS.1)
100nm(90分のCAPAIM-120×4)/116nm(Hi-Hi-Hi超音速迎撃ミッション)/
200nm(Hi-Lo-Hi・対艦攻ミッション)(FA.2)
兵装2連装ADEN 30mm機関砲パック×1基
AIM-120AMRAAM
AIM-9サイドワインダー
シーイーグル
AGM-84ハープーン
通常爆弾
増槽

派生型


BAe シーハリアー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/05/30 13:02 UTC 版)

(シーハリアー から転送)

BAe シーハリアー

軽空母「イラストリアス」艦内のシーハリアー FA.2

軽空母イラストリアス」艦内のシーハリアー FA.2

  • 初飛行1978年8月20日
  • 生産数:111機
  • 退役
    2006年3月(イギリス海軍)
    2016年5月(インド海軍)
  • 運用状況:退役

BAe シーハリアー: British Aerospace Sea Harrier)は、世界初のSTOVL攻撃機ハリアーをベースにしたSTOVL艦上機。開発国のイギリス、唯一の輸出国インド共に現在は全機退役している。

開発経緯

ハリアーの艦載機化

世界初の実用垂直離着陸機ハリアー

世界初の実用STOVL攻撃機であったハリアーは、航続距離や兵装搭載量で通常型の実用機に劣る点が多かったものの、一定の評価を獲得しており、イギリス海軍もハリアーの性能に興味を示していたことから、1969年に独自に艦載機型の研究に着手した。また、ホーカー・シドレー社でも1971年から、ハリアー GR.3をベースに最小限の改修でイギリス海軍の戦闘/攻撃/偵察機要求に見合う機体についての研究を始めていた。

その研究の中でハリアー GR.1を実際に艦船に乗せての運用試験も行っており、このテストでハリアーは満足のいく成果を収め、1972年11月にはイギリス海軍がホーカー・シドレー社に正式に研究契約を与え、マリタイム・ハリアーとして本格的に研究を進めることとなった。なお、マリタイム・ハリアーは、開発契約が与えられるとシーハリアーへ名称変更されている。

当時イギリス海軍では正規空母の退役が決まっており、海軍の航空戦力を維持するか否かが問題であった。シーハリアーの調達は1973年から始まると見られていたが、イギリス政府の財政危機とそれに伴う政権交代があったため承認は遅れ、さらには計画自体がキャンセルされるとの見方が強まっていた。議論を重ねた結果、1975年5月15日にシーハリアーを導入し、海軍航空戦力の維持が決定された。ただ、開発費を抑えるために試作機の開発は認められず、最初から量産機を生産することとされた。

シーハリアー FRS.1

1977年にはホーカー・シドレー社がブリティッシュ・エアロスペース(BAe)に統合されたため、途中から量産をBAeが受け持つこととなった。シーハリアー FRS.1初号機は1978年8月20日に初飛行し、1979年6月18日からイギリス海軍への引き渡しが開始され、まず、第700A飛行隊により集中試験が行われた。10月24日には空母ハーミーズ」により初の航海も実施された。パイロットの転換訓練には空軍向けの複座型ハリアーが使われ、空軍からハリアー T.4/4Aを貸与されたほか、海軍向けにハリアー T.4Nが新たに3機製造された。これらの訓練機にはレーダーが装備されていないため、レーダー操作訓練にはシーハリアー FRS.1と同じレーダーを装備したハンター T.8Mを使用した。

イギリス海軍ではシーハリアー運用のため、空母にスキージャンプ甲板を装備し、シーハリアーが回転式のエンジン排気口を使って短距離離陸(STO)を行う際に離陸滑走面を次第に上向きにすることで追加揚力を稼ぎ、ペイロードを増大させている。

能力向上型FA.2の開発へ

シーハリアー FA.2

1980年代中期になると、シーハリアー FRS.1の能力向上改修が求められるようになり、1985年1月にイギリス国防省はBAe社(現BAEシステムズ)に対してシーハリアーの能力向上改修計画を確定するための作業契約を与えた。

シーハリアー FA.2試作機は、シーハリアー FRS.1から2機が改造されて開発され、試作初号機が1988年9月19日、試作2号機が1989年3月8日にそれぞれ初飛行した。これに続いて29機の量産改修が発注され、1990年3月には新造機10機、1994年にも新造機18機と改修5機の契約が与えられた。

量産改修機のイギリス海軍への引き渡しは1993年4月2日から開始された。1994年8月24日には第899飛行隊で軽空母インヴィンシブル」を使っての初の航海が実施され、8月29日にはボスニアでの監視活動に投入されている。シーハリアー FA.2は「インヴィンシブル」「イラストリアス」「アーク・ロイヤル」の3空母へ配備され、1995年1月26日に「イラストリアス」が最初のシーハリアー FA.2完全配備を達成した。これに伴い、ハリアー T.4Nもシーハリアー FA.2のシステムに対応したハリアー T.8に改造されている。

なお、シーハリアー FA.2には開発当初FRS.2の型名が与えられたが、1994年5月に偵察任務から外されたことでF/A.2となり、F/A-18と同じというクレームが来たことでFA.2と再び変更されている。

インド海軍での採用

アメリカ海軍F/A-18Fと共に飛行するシーハリアー FRS.51

インド海軍では1978年12月に空母ヴィクラント」および「ヴィラート」の艦上機として採用を決定、1983年から23機のシーハリアー FRS.51が調達された。後にインド海軍は、保有するシーハリアー FRS.51の近代化改修を2000年代から実施しており、レーダーイスラエル製のEL/M-2032に換装、これによりラファエル社のダービー空対空ミサイルが携行可能となった。

ヴィラートが退役する2012年頃まで運用を続けるとみられていたが、当艦の退役先延ばしにより退役は2016年5月となった。なお、インド海軍では戦力維持のため、イギリス海軍から退役した8機のシーハリアー FA.2調達を希望したが実現しなかった。

イギリス海軍からの退役

1999年イギリス国防省はジョイントフォース2000計画を発表、空軍/海軍航空部隊の統合運用を開始した。シーハリアーもハリアー統合軍に統合され、空軍隷下の所属となったが、2002年2月にシーハリアーの早期退役が決定され、後継機のF-35B ライトニングII統合打撃戦闘機導入を待つことなく、2006年3月までにシーハリアー FA.2は全機が退役した。F-35B ライトニングII配備までの繋ぎとしてイギリス海軍は、イギリス空軍ハリアー GR.7/9を必要に応じて運用し、第800飛行隊と第801飛行隊がその運用任務を付与されていたが、それも2011年に退役した。

海上自衛隊での導入計画

海上自衛隊では、56中業(1983年-1985年)に盛り込まれる予定だった満載排水量20,000tの洋上防空用空母CVV(またはDDV)に搭載する要撃機(高速哨戒機)として導入が計画されていたが、ソ連Tu-22M バックファイア中距離爆撃機に対して能力上対応できないという理由により計画は頓挫した(元統合幕僚長佐久間一の後年の証言による[1])。

中国への売却計画

1978年イギリス産業界への支援と香港の将来も含めた対中関係の状況改善を目的に売却を計画していたが、1970年代当時の中国の財政状況では高価だったため、導入を見送った[2]

実戦投入

シーハリアー FRS.1は、1982年に勃発したフォークランド紛争で初の実戦を経験した。当時出撃できる空母は「インヴィンシブル」と「ハーミーズ」のみ、搭載するシーハリアーも2隻合わせて20機のみだったため、イギリス海軍は急遽予備機を集めて第809飛行隊を編成し両空母に合流させたものの、それでも8機の追加がやっとだった。このように少数での運用を余儀なくされたにも関わらず、整備が容易かつ悪天候でも運用可能だったことから稼働率は非常に高かった。

戦いが始まると、空対空戦闘では23機を撃墜、被撃墜は0機とアルゼンチン空軍を圧倒し、「黒死病」と呼ばれて恐れられた。しかし、空対地攻撃では地対空ミサイル対空砲火で1機ずつ撃墜され、戦闘外の事故でも空中衝突で2機、空母発艦時に2機を失っている。

当事者双方が大きな制約のもとに戦ったため、この戦績をどう評価するかはやや難しい問題である。イギリス軍は、アルゼンチン海軍の保有するシュペルエタンダールエグゾセ対艦ミサイルの組み合わせによる対艦攻撃の脅威に対し、有効な早期警戒の手段を持たなかったため、空母を後方に下げ、元から燃料消費の激しいシーハリアーに長時間の滞空哨戒をさせなければならず、シーハリアーが実際に空戦に臨む際には燃料の残量に大きな制約を抱えざるを得なかった。アルゼンチン軍もまた、アルゼンチン本土から長距離出撃せねばならないことから滞空時間に制約を抱えた上に、バルカン爆撃機による本土爆撃を恐れて主力戦闘機ミラージュIIIを温存していたため、A-4 スカイホークダガーといった攻撃機は護衛なしでの攻撃を余儀なくされた。また、有効な対艦攻撃兵器であるエグゾセを5発しか保有していなかったため、大半は無誘導爆弾で攻撃せざるを得ず、最大速度M2のダガーであっても超音速の出せない低空からイギリス艦隊への肉薄攻撃を強いられ、これがさらに積極的空戦の機会を奪った。後半の戦いではシーハリアーに襲われると反撃せず逃走一方だったとされ、後に加わったミラージュIIIもシーハリアーを引き付ける役割に徹し、積極的空戦は行わなかったと伝えられている。

イギリス海軍が導入したばかりだった新型空対空ミサイルAIM-9L サイドワインダー航空機の正面からでも攻撃できる)の性能によるものとする評価もあるが、機体の能力とパイロットの技量もまた、正当にこの勝利に寄与した、とするのがまず妥当な評価だと考えてよいだろう[要出典]。事実、第809飛行隊に集められた新参パイロットは、フランスが提供したミラージュIIIとの模擬空中戦を行ったが著しい成果を出せず、海軍首脳部を心配させたという。

開戦前、空戦時にエンジンノズルの向きを変える「前進飛行中の(推力)偏向(Vectoring In Forward Flight:VIFF)」は、通常の戦闘機ではあり得ない機動が可能であり、攻撃回避に大きなアドバンテージになると言われていた。一方で、このような強引な機動は機体やパイロットに無理な負荷をかける、速度が急激に低下することになり後の戦闘で著しく不利になる、などのデメリットもあり、一時的な効果しかなかったとも言われている。フォークランド紛争以前、訓練の時点でデメリットの大きさが知られていたこと、空中戦でハリアー/シーハリアーが追われる立場に立たなかったこと、地対空ミサイルの回避には適切でないことなどから、紛争においてこの機動は行われなかったと言われる(これについてはSu-27にも記述があるので参照されたい)。

これらの戦訓から機体性能の限界も明らかになり、シーハリアー FA.2の開発に活かされることとなった。

シーハリアー FA.2は、デリバリット・フォース作戦アライド・フォース作戦などでNATO軍に加わって実戦参加しているが、目立った戦果は挙げていない。

機体構成

ハリアーからの改造点が必要最小限に抑えられており、ブルーフォックス・レーダーの搭載、新設計の機首とコックピット位置の変更、前脚へのタイダウン・ラグの取り付け、操縦席の空調システムの更新、新型エジェクター・ラック付き改修型パイロンの装備、エンジンの双ジェネレーター対応化、油圧システムの変更、電気システムの完全再設計化、独立型緊急ブレーキの装備、簡易型自動操縦装置の装備、横操縦用リアクション操縦バルブの出力増加、水平尾翼の大型化などとなっている。

シーハリアー FRS.1の機首に搭載するブルーフォックス・レーダーは、フェランティ社が開発した火器管制レーダーで、捜索、攻撃、ボアサイト、トランスポンダーの4モードを持つ。また、電子妨害やクラッターの影響を排除できるよう、周波数敏捷機能も持たされている。このブルーフォックス・レーダーによる情報は、HUD/兵装照準コンピュータ(WAC)を介して処理され、パイロットに表示される。このレーダー搭載によって機首部の形状は大きく変更され、合わせて操縦席回りも完全に設計が変更された。インヴィンシブル級航空母艦軽空母)のエレベーターに収めるために、機首のレドームが折り畳めるようになっている。

コックピットの床面は、これまでのハリアーよりも25.4cm高められ、風防も水滴型にされた。これにより、エアインテーク越しの後方視界が著しく改善され、着艦操縦も容易に行えるようになった。加えて、床下にスペースが生まれたため、追加の電子機器をそこに収めることができる。搭載するエンジンは、ロールス・ロイスペガサス Mk.104で、海上での運用を考慮して腐食しにくい材質が使用されている。

兵装面では、サイドワインダー空対空ミサイルや、シーイーグル英語版空対艦ミサイルの運用能力が追加された。ただし、後者はブルーフォックス・レーダーが発射に対応していないため、ニムロッドなど他の航空機の支援がなければ使用できない。また、インド海軍のシーハリアー FRS.51は、サイドワインダーの代わりにマジックを携行する。

能力向上改修を受けたシーハリアー FA.2では、機首のレーダーを全天候でルックダウン・シュートダウン機能を有するブルーヴィクセン・レーダーへ換装している。ブルーヴィクセン・レーダーは、新世代のパルス・ドップラー・レーダーで、追跡しながらの捜索(Track While Scan, TWS)、多目標同時処理能力、兵装発射距離の延長、地上目標捕捉能力の強化、対ECMECCM)機能改善などが盛り込まれている。ただ、アンテナ直径やレーダー全体が大きくなっているため、機首形状が膨らみを持った形に変更され、バランスをとるために主翼後縁直後で胴体が35cm延長された。

コックピットの計器類も一新され、新たに多モードのHUDが装備されている。戦闘時の兵装システムの操作装置は、アップ・フロント・コントロールにまとめて配置され、HOTAS概念も導入されている。エンジンは、ハリアー IIで採用されたペガサス Mk.105の派生型ペガサス Mk.106に換装されたが、推力そのものは変わっていない。

兵装類はシーハリアー FRS.1と変わらないが、新たにAIM-120 AMRAAM空対空ミサイルの携行能力が付与され、シーイーグルの単独運用能力も得た。この他、NATO軍との相互運用性を確保するために統合戦術情報伝達システム(JTIDS)の装備、使い捨て型アクティブ・レーダー・デコイの装備も後に追加されている。

派生型

シーハリアー FRS.1
イギリス海軍の初期生産型。
シーハリアー FA.2
FRS.1の能力向上型。
シーハリアー FRS.51
インド海軍向けFRS.1。

採用国と配備部隊

イギリスの旗 イギリス

  • 第800飛行隊
  • 第801飛行隊
  • 第809飛行隊
  • 第899飛行隊

インドの旗 インド

  • 第300飛行隊

性能諸元

空母インヴィンシブル」から発艦するシーハリアー FRS.1

FRS.1

  • 全幅:7.70m/9.04m(フェリー翼端装備時)
  • 全長:14.50m/12.73m(レドーム折り畳み時)
  • 全高:3.71m
  • 主翼面積:18.7m²/20.1m²(フェリー時)
  • 空虚重量:5,897kg
  • 最大離陸重量:11,884kg
  • 最大兵装搭載量:3,269kg
  • ロールス・ロイスペガサス Mk.104推力偏向ターボファンエンジン×1
  • エンジン推力:95.64kN
  • 最大速度:639kt
  • 巡航速度:459kt
  • 海面上昇率:15,240m/min
  • 実用上昇限度:15,545m
  • 荷重制限:+7.8G/-4.2G
  • 戦闘行動半径:400nm(制空ミッション時、AIM-9×4)/250nm(Hi-Lo-Hi、対地攻撃ミッション時)
  • 乗員:1名
  • 固定武装
  • その他の武装

FA.2

  • 全幅:7.70m/9.04m(フェリー翼端装備時)
  • 全長:14.17m/13.16m(レドーム折り畳み時)
  • 全高:3.71m
  • 主翼面積:18.7m²/20.1m²(フェリー時)
  • 最大兵装搭載量:3,269kg
  • ロールス・ロイスペガサス Mk.106推力偏向ターボファンエンジン×1
  • エンジン推力:95.64kN
  • 最大速度:639kt
  • 巡航速度:459kt
  • 戦闘行動半径:100nm(AIM-120×4、90分のCAP)/116nm(Hi-Hi-Hi、高速迎撃ミッション時)/200nm(Hi-Lo-Hi、対艦攻撃ミッション時)
  • 乗員:1名
  • 固定武装
  • その他の武装

登場作品

脚注

  1. ^ 『佐久間一 オーラル・ヒストリー』上、155頁
  2. ^ AFP通信『英、冷戦時代に中国への兵器販売を検討』

参考文献

  • 青木 謙知編『Jwings戦闘機年鑑 2005-2006』イカロス出版 2005 ISBN 4-87149-632-5
  • 『世界の軍用機』各号 航空ジャーナル
  • 『佐久間一 オーラル・ヒストリー』上

関連項目


ホーカー・シドレー ハリアー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/05/30 13:05 UTC 版)

(シーハリアー から転送)

ホーカー・シドレー ハリアー

AV-8A ハリアー

AV-8A ハリアー

ホーカー・シドレー ハリアー(Hawker Siddeley Harrier)は、イギリスホーカー・シドレー社が開発した世界初の実用垂直離着陸機STOVL機)である。原型機の初飛行は1960年。本機をベースに海軍型のシーハリアーが開発されたほか、アメリカマクドネル・ダグラス社は、より洗練されたハリアー IIを開発した。

ハリアーの名は小型猛禽類であるチュウヒのこと。前身である実験機、ケストレルの名前は同じく小型猛禽類であるチョウゲンボウのことである。これらのは、向かい風の中でホバリング(空中停止)をすることがあるため、VTOL機の名称として採用されたと考えられる。

歴史

実験機の開発

P.1127試験機

第二次世界大戦後、各国は高性能のジェット機に加え、垂直離着陸機(以下、VTOL機)の開発にも着手した。VTOL機はエンジンに垂直離着陸のための機構が必要なため重量が増し、どうしても通常の戦闘機に比べ性能が劣ってしまう。しかし、垂直に離陸できるということは、仮に敵に滑走路を破壊されても運用ができるため、前線での使用が可能であるなどの利点も多いと考えられた。

1940年代-1950年代前半にかけては、機体を真上に向かせて離着陸を行うテイル・シッター方式のVTOL機開発が試みられたが、それらは実用化されなかった。そのため、1950年代後半から機体は水平のままで離着陸する方式の開発が活発となった。ヨーロッパ各国での開発が特に進んでおり、西ドイツEWR VJ 101VFW VAK 191Bフランスミラージュ III VイギリスP.1127ソ連Yak-36などが開発されていたが、P.1127とYak-36だけが通常の航空機と同様にエンジンを配置して、離着陸時のみノズル(排気の吹き出し口)を動かして推力を真下方向に偏向する方式で、他の機体は離着陸時のみ下に向けて推力を出すリフトエンジンを別途搭載する方式であった。なお、バランス制御の問題からYak-36が開発中止になった後、後継機Yak-38以後ソ連もリフトエンジン方式に転換したため、推力方向変換エンジン単独によるVTOL機はハリアーシリーズのみとなっている。

リフトエンジンを使用する方式は、実質的にはエンジンを2つ積むことになり重量が増えることから、水平飛行中には無駄な重量物(デッドウェイト)にしかならず実用性が低く、それらの機種は最終的に実用化されなかった。それに対しP.1127は、画期的な推力偏向式のジェットエンジンであるペガサスエンジンによってこうした問題を起こすことなく、リフトエンジン式に比べて実用性が高いと評価されたのである。P.1127は、1960年10月に初のホバリング飛行が行われ、1961年3月に水平飛行、同年9月には転換飛行に成功した。

P.1154の開発中止とケストレルの実用機化

ケストレル

1962年4月に、NATO垂直離着陸戦闘攻撃機の選定を行った。これにフランスミラージュ III VとともにP.1127の発展型ホーカー・シドレー P.1154も選定された。P.1154は、P.1127のエンジンアフターバーナー的なシステムを加えた超音速機となる予定であった。

しかし、イギリス空軍海軍の機体に対する要求の違いと、労働党政権による大幅な軍事費削減により、P.1154は1965年2月に開発中止となった。このような混乱の中でも少しずつ開発は進められており、1964年3月にホーカー・シドレー社がP.1127を改良して実験機ケストレルを初飛行させた。その後、1965年のP.1154開発中止に伴い、イギリス空軍向けの機体として、ケストレルを実験機ではなく、実用機として開発することになった。1964年にイギリス西ドイツアメリカで構成された三ヶ国共同評価飛行隊による具体的な運用までも含めた機体の試験が行われていたことも、ケストレルの開発を助けていた。

最終的にイギリス空軍は、ケストレルの実用型で対地攻撃機を示すGRの型名を付けたハリアー GR.1の発注を行い、GR.1は1966年8月に初飛行を行った。このGR.1は1968年7月から部隊配備が開始された。しかし、開発指示の遅れから複座型T.2の初飛行は1969年4月であり、部隊配備は1970年7月であった。そのため、ハリアーが配備された第1飛行隊はヘリコプターで訓練を行い、作戦能力を1970年1月までに獲得した。

他国での採用

編隊を組み飛行するAV-8A ハリアー

ケストレルの評価試験に参加していたアメリカ海兵隊は、前線の簡易飛行場だけでなく強襲揚陸艦からも運用できる近接航空支援機としてハリアーの有用性に注目し、1969年12月にAV-8Aの名称で正式採用した。初号機は1970年11月に初飛行を行い、翌年4月に最初の飛行隊VMA-513を編成した。なお、この時マクドネル・ダグラス社はハリアーのライセンス生産権を獲得し国内製造を計画したが、採用数が110機と少なかったため実現しなかった。しかし、この契約が後にマクドネル・ダグラス主導によるハリアー II開発へ繋がることになる。

1973年にはスペイン海軍AV-8S マタドールの名称でハリアーの採用を決定した。しかし、当時イギリススペインのフランコ政権に対し武器禁輸政策を取っていたため、輸出はアメリカを経由して行われた。機体は一旦アメリカへ引き渡されて訓練に使用された後、スペイン海軍に移管されて軽空母デダロ」の艦載機として運用された。なお、1977年に追加発注された機体は、民主政権の誕生により禁輸が解除されていたためイギリスから直接引き渡されている。

シーハリアーの開発

シーハリアー FRS.1

1969年頃より、イギリス海軍では軽空母での使用を考えV/STOL艦載機の研究を開始した。ジェット戦闘機が次第に大型化し、重量が増大して行くにつれ、空母もそれにあわせる必要に迫られていたが、V/STOL艦載機であれば通常の艦載機に比べ設備を簡略化できるだけでなく、空母を大型化しなくてもスペースを有効利用できるとの立場からである。こうして開発されたのが海軍型シーハリアーであった。

退役

1970年代の時点で、ハリアーはペイロード航続距離の面で性能の限界に達していたため、1980年代後半から後継機(実質的には近代化改修機)ハリアー IIへの交代が始まり、現在ではイギリスアメリカスペイン、そしてシーハリアーの訓練機として複座型を採用していたインド共に運用を終了している。スペインのAV-8Sはタイ王国海軍に売却されており、現在も軽空母チャクリ・ナルエベト」の艦載機として実戦配備されているが、部品不足によりほとんど飛行可能状態にないとされている。

特徴

エンジンノズル(シーハリアー)

ハリアーは、胴体側面にエンジンノズルを4つ装備し、そのエンジンノズルの向きを0度(後方)〜98.5度(真下よりやや前)まで変えることによってVTOLを可能とした。エンジンノズルはわずかに前方まで向くため低速ながらバックすることもできる。また、ホバリングや極低速時などではラダーエルロンなどの通常の姿勢制御機構の働きが弱くなる[1]ため、機首下部・左右主翼の端部・機体後部にバルブ付の補助ノズルを取付け、エンジンから抽出した圧縮空気をそれらに送り込み、機体のピッチング・ローリング・ヨーイング運動を行うRCS(リアクション・コントロール・システム)により機体の姿勢制御ができるようになっている。搭載するエンジンは1基のターボファンエンジンであるが、通常のそれとは異なり前方のファンと後方のジェットエンジン本体[2]は互いに逆回転している。これは、エンジン回転から生じるカウンタートルク(タービンの回転とは逆方向に機体が回ろうとする力)を相殺減少し、VTOL時やホバリング時の姿勢安定を高めるためである。ファンから排出される空気が前方ノズルへ、ジェットエンジン本体からの排気ガスが後方ノズルへ噴出される。

従って、その操縦方法は他の固定翼機とは全く異なり、操縦訓練において訓練生は回転翼機の操縦方法を並行して学習しなければならない。また、手動で姿勢制御するため常にボタン30個[要出典]を操作しなければならず、こうした操縦の複雑さのため、1971年から45人が操縦ミスで死亡している。これは、戦闘での死亡者より多い。

ハリアーは、エンジン内部へ噴射する冷却水(脱イオン水)を搭載している。これは、高出力時、具体的には垂直離着陸時にエンジンがオーバーヒートするのを防ぐ役割があるのだが、冷却水容器の容量は最大でも約90秒分の噴射量に相当する量をまかなう程度しかない。こうした制約のため、ホバリング継続は約60秒程度に制限されている(それ以上はオーバーヒートによる損傷の危険がある)。もちろん、こうした冷却水の搭載も限られた搭載容量を割かなければならず、実際の運用では90秒相当分が積まれることはまずない。ただし、この時間制限は非常にシビアな使用環境(極端な高温多湿など)を想定したものであり、現実的な環境ではもう少し使用時間は延び、実際、エアショーなどでは5分程度のホバリングが演技されている。

強襲揚陸艦ガダルカナル」から発艦するAV-8C ハリアー

VTOL機は理論上は滑走路を必要としないが、ハリアーは実運用上、着陸のみ垂直で行い離陸は通常の固定翼機と同じく滑走して行う。この離着陸方式をSTOVL(Short Take Off and Vertical Landing 短距離離陸・垂直着陸)という。ハリアーをSTOVL運用する主な理由は、離陸重量を(噴出ガスによる上昇推力のみならず)主翼に生じる揚力にも分担させ離陸重量増大を図ることにあるが、他にも、垂直での離陸はエンジンの推力のみで上昇するため非常に燃料効率が悪い、徐々に推力を絞る着陸と異なり離陸時は地上から出力を上げるために周囲へ危険をおよぼす、それによる機体の不安定化回避などの消極的理由がある。

なお、垂直に噴射した圧縮空気と排気ガスが地面に反射して翼下面にあたるため、改良機であるハリアー II+においては機体重量より推力が下回っても浮揚開始し垂直離陸ができる。CTOL(通常離着陸)は降着装置(特にアウトリガー)や車輪ブレーキがVTOL用に設計された構造と強度なので適していない。

VTOL機としての特性上、垂直離着陸によって、しばしば最前線の不整地からでも運用可能であるかのように喧伝されることがあるが、これはやや誤解を招くものと言わざるを得ない。上記のような問題点もさりながら、実際に不整地で高圧かつ高速のジェット排気を地面に吹き付ければ土砂や粉塵を大量に巻き上げ、周囲に危害をおよぼすだけでなく機体や(ゴミを吸い込むことによる)エンジンの損傷などが生じてしまう。これらの問題を解決して実際に最前線での垂直離着陸による運用を図ろうとするのであれば、相当の負担にならざるを得ない。そのような前線の簡易飛行場の整備に用いられる簡易パネル敷設式の滑走路では、ハリアーのエンジンの排気熱に耐え切れずに損傷する場合があるだけでなく、ジェット排気の侵入封止が充分に図れないため土砂や粉塵だけでなくパネル自体を吹き上げてしまうなどの問題が確認されている。実際に、高度30ft以下でのホバリング中、舗装をしていない部分から舗装部分に水平移動した時に重さ11tの舗装マットを4ft(約1.2m)吹き上げたという警告が、AV-8Bのフライトマニュアルに記載されている。

実戦

ハリアーは、現用の垂直離着陸機としては唯一、実戦に参加している。フォークランド紛争へはハリアー GR.3がシーハリアー FRS.1と共に空母から参加した。ハリアー GR.3は空母での運用を想定して作られていなかったため、投入の際は塩害防止塗装など洋上運用に備えた改造が施されたほか、空中戦闘に備えてAIM-9 サイドワインダー空対空ミサイルの発射機能など空戦用の装備も追加された。また、パイロットも発艦や空戦の訓練を行わなければならなかった。前線への投入機数は6機(後に2機補充)のみで、シーハリアーも含めて少数での運用を余儀なくされたにも関わらず、整備が容易かつ悪天候でも運用可能だったことから稼働率は非常に高かった。

シーハリアーによる上空援護の下、上陸部隊への対地支援に使用されたハリアーは、アルゼンチン軍との空対空戦闘を行うことは無かったが、対空砲火や事故、故障によって4機が失われた[3]。戦争終盤にはレーザー誘導爆弾も投下しており、当初こそパイロットや前線航空管制官の不慣れから命中精度が低かったものの、終戦時には習熟して命中精度を上げていた。

バリエーション

ハリアー GR.3
複座練習機型のTAV-8A ハリアー
スペイン海軍のAV-8S マタドール
ハリアー GR.1
初期生産型。エンジンペガサス Mk.1011966年初飛行。78機生産(先行量産型を除く)。
ハリアー GR.1A
エンジンをペガサス Mk.102に換装したGR.1。
ハリアー T.2
イギリス空軍向けの複座練習機型。12機生産。
ハリアー T.2A
GR.1Aと同様にエンジンを換装したT.2。
ハリアー GR.3
レーザーセンサーの追加により機首が伸び、ペガサス Mk.103へのエンジン換装が行われた。GR.1と共に第1世代に分類される。40機が新造され、GR.1/1Aもこの仕様に改修された。
ハリアー T.4
GR.3と同様にエンジンを換装したT.2/2A。14機を新造。一部はGR.3と同様の機首となり、後にそれを取り外した機体はT.4Aと呼ばれる。
ハリアー T.4N
イギリス海軍向けのT.4。シーハリアー FRS.1のパイロット訓練用。3機生産。なお、空軍からの貸与機はT.4(N)/4A(N)と呼ばれる。
ハリアー T.8
シーハリアー FA.2のパイロット訓練用にアップグレードされたT.4N。
ハリアー T.52
ホーカー・シドレー社のデモンストレーション用社有機。1機生産。
AV-8A ハリアー
アメリカ海兵隊向けのGR.1A。社内名ハリアー Mk.50。エンジンは当初ペガサス Mk.102だったが、第2パッチ以降はペガサス Mk.103を搭載した。102機生産。
TAV-8A ハリアー
アメリカ海兵隊向けのT.4。社内名ハリアー Mk.54。8機生産。
AV-8C ハリアー
ハリアー IIが完成するまでの繋ぎのため、AV-8Aをアップグレードしたモデル。
AV-8S マタドール
AV-8Aのスペイン海軍向け。社内名ハリアー Mk.55。11機生産。
TAV-8S マタドール
スペイン海軍向けのTAV-8B。社内名ハリアー Mk.58。2機生産。
ハリアー T.60
インド海軍向けのT.4N。シーハリアー FRS.51のパイロット訓練用。4機生産。

要目(ハリアー GR.3)

出典: 『週間ワールド・エアクラフト』 1999年 デアゴスティーニ

諸元

性能

  • 最大速度: 1,176km/h=M0.96
  • フェリー飛行時航続距離: 3,760km
  • 実用上昇限度: 15,600m (49,200ft)
  • Gリミット:+8G、-3G

武装

お知らせ。 使用されている単位の解説はウィキプロジェクト 航空/物理単位をご覧ください。

使用国

イギリスの旗 イギリス
イギリス空軍/海軍
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
アメリカ海兵隊
スペインの旗 スペイン
スペイン海軍
インドの旗 インド
インド海軍
タイ王国の旗 タイ
タイ王国海軍

採用を検討した国

オーストラリアの旗 オーストラリア
ブラジルの旗 ブラジル
スイスの旗 スイス
日本の旗 日本
1970年8月に、ポーツマスを訪れた練習艦かとり」の上空でデモフライトを行った経緯がある。かとりのヘリコプター甲板への着艦も検討されたが、甲板強度が不明という理由で即座に中止されたという。

登場作品

出典

  1. ^ 強い横風に対する機種方位維持には有効であるため、ヨーイングを制御する目的でラダー、エルロンの操作を要する
  2. ^ エンジン内部の圧縮機とそれに結合されているタービン
  3. ^ NAVAL-HISTORY.NET. “Part of the PRICE PAID (Parts 50-55) - Part 53. BRITISH AIRCRAFT LOST” (英語). 2009年7月20日閲覧。

参考文献

  • A・プライス/J・エセル共著、江畑 謙介訳 『空戦フォークランド : ハリアー英国を救う』 1984年 原書房 ISBN 4562014628
  • 文林堂編集部編 『ハリアー/シーハリアー』(世界の傑作機111) 2005年 文林堂 ISBN 4893191276
  • 『最強 世界の軍用機図鑑』 2013年 学研パブリッシング 2013年 ISBN 9784054057715

関連項目

外部リンク






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