イギリス軍の上陸準備
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 04:51 UTC 版)
「フォークランド紛争」の記事における「イギリス軍の上陸準備」の解説
4月30日より、SAS・SBSの計10チームがフォークランド諸島各所に潜入し、上陸候補地点の地理的情報の収集にあたっていた。また第3コマンドー旅団参謀のサウスビー=テルユア少佐は、以前にフォークランド海兵隊分遣隊の隊長だったとき、余暇を利用して海岸線をくまなくヨットで調査してレポートを作成しており、大いに参考になった。 5月10日、これらの情報を踏まえて、上陸地点はサン・カルロスと決定された。同日、第317任務部隊指揮官フィールドハウス大将は、その上陸部隊である第317.1任務群指揮官トンプソン准将(第3コマンドー旅団長)に対し、フォークランドへの上陸を準備するよう指示した。そして5月12日、隷下部隊に対し、「作戦命令3/82」として、水陸両用作戦である「サットン作戦」を発令した。 なお第317.1任務群は第3コマンドー旅団から編成されていたが、同旅団のみでは兵力に不安があるとして、陸軍の第5歩兵旅団(旅団長:ウィルソン准将)から第2・3空挺大隊が抽出されて増援されていたほか、5月3日には旅団そのものが派遣されることになっていた。これら2個旅団を統一指揮する組織としてフォークランド諸島陸上軍(LFFI)が設けられ、その指揮官としてはムーア海兵隊少将が任命されて、指揮権は5月20日に発動された。サットン作戦においては、ムーア少将と第5歩兵旅団の到着前に、第3コマンドー旅団によって橋頭堡を確保し、ここに第5歩兵旅団を投入して戦果を拡大することとなっていた。 シーハリアーは空中戦での損害はなかったものの、5月4日にグースグリーンを攻撃中の機体が対空砲火で撃墜され、また6日にはレーダーコンタクトの捜索に向かった2機が消息を絶って、一挙に17機に減勢してしまった。しかし5月18日には、シーハリアーFRS.1の予備機による第809飛行隊と、空軍のハリアーGR.3攻撃機による第1飛行隊が到着した。「ハーミーズ」には、6機のハリアーGR.3と4機のシーハリアーFRS.1が追加されて計21機となり、「インヴィンシブル」には4機のシーハリアーFRS.1が追加搭載されて計10機となり、空母戦闘群としての艦上戦闘機・攻撃機は31機に増勢した。これによって、近接航空支援・航空阻止はハリアーGR.3の担当となり、シーハリアーFRS.1はCAPに注力できるようになった。
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