三省堂 大辞林 |
やまだ 0 【山田】
やまだ 【山田】
(1)福岡県中部、遠賀(おんが)川上流域の市。近年まで筑豊炭田で発展。閉山後、酪農・ブドウ栽培が盛ん。
(2)岩手県東部、下閉伊(しもへい)郡の町。陸中海岸の中央部で、漁業が盛ん。陸中海岸国立公園に属する。
(3)千葉県北東部、香取郡の町。下総台地東部に位置する。
(4)宮崎県南西部、北諸県(きたもろかた)郡の町。都城盆地北西部に位置する。
(2)岩手県東部、下閉伊(しもへい)郡の町。陸中海岸の中央部で、漁業が盛ん。陸中海岸国立公園に属する。
(3)千葉県北東部、香取郡の町。下総台地東部に位置する。
(4)宮崎県南西部、北諸県(きたもろかた)郡の町。都城盆地北西部に位置する。
やまだ 【山田】
姓氏の一。
美術人名辞典 |
山田丘高
山田卯之助
山田古香
山田宗徧
読み方:やまだ
江戸前期の茶人。宗行流開祖。四方庵・力囲斎・周学・周円・如竿子などと号する。仏門に生まれたが茶事を好んで還俗、小堀遠州・千宗旦に学んで茶湯の奥義を極めた。京都鳴滝に茶室「四方庵」を結ぶが、宗旦の推挙で三河吉田城主小笠原家に茶頭として仕えた。晩年江戸で宗行流を開き、利休正風を称して子弟を指導した。著書に『茶道便蒙抄』『茶道要録』等がある。宝永5年(1708)歿、81才。
江戸前期の茶人。宗行流開祖。四方庵・力囲斎・周学・周円・如竿子などと号する。仏門に生まれたが茶事を好んで還俗、小堀遠州・千宗旦に学んで茶湯の奥義を極めた。京都鳴滝に茶室「四方庵」を結ぶが、宗旦の推挙で三河吉田城主小笠原家に茶頭として仕えた。晩年江戸で宗行流を開き、利休正風を称して子弟を指導した。著書に『茶道便蒙抄』『茶道要録』等がある。宝永5年(1708)歿、81才。
山田宗貞
山田忠三
山田政紀
山田方雄
山田洞雪
山田淳子
山田玉田
山田秋衛
読み方:やまだ
日本画家。愛知県生。初め服部石仙に師事、のち松岡映丘に大和絵を学び歴史・人物画を能くした。また独学で郷土史を研究し、名古屋市文化財調査委員・愛知県文化財専門委員長を務め、古美術鑑定など文化財行政に協力した。帝展数回入選。著書に『田中訥言』等がある。昭和43年(1968)歿、79才。
日本画家。愛知県生。初め服部石仙に師事、のち松岡映丘に大和絵を学び歴史・人物画を能くした。また独学で郷土史を研究し、名古屋市文化財調査委員・愛知県文化財専門委員長を務め、古美術鑑定など文化財行政に協力した。帝展数回入選。著書に『田中訥言』等がある。昭和43年(1968)歿、79才。
山田竜谷
山田竹犬
山田繁雅
山田訥斎
山田雙竹
読み方:やまだ
幕末・明治の画家。京都の人。名は文厚、字は和平、別号に春霞・晴霞・養素斎・其日菴・臥遊などがある。画を泉春園に、のち塩川文麟に学び、山水花鳥画を能くする。明治35年(1902)歿、57才。
幕末・明治の画家。京都の人。名は文厚、字は和平、別号に春霞・晴霞・養素斎・其日菴・臥遊などがある。画を泉春園に、のち塩川文麟に学び、山水花鳥画を能くする。明治35年(1902)歿、57才。
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- やまだうどん−讃岐うどん遍路四国新聞
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