三省堂 大辞林 |
こぼり-えんしゅう ―ゑんしう 【小堀遠州】
(1579-1647) 江戸前期の武将・茶人・建築家・作庭家。遠州流茶道の開祖。近江の人。本名、政一(まさかず)。号、宗甫・孤篷庵(こほうあん)。遠江守に任ぜられ遠州と称する。江戸城・御所などの作事にあたり、茶室・庭園を造る。また、茶器の鑑定もよくし、国焼きの製作指導ならびに改良を行なった。
陶芸用語大辞典 |
小堀遠州
読み方:コボリエンシュウ
1579~1647(天正7~正保4)江戸初期の武家。茶人。30歳で遠江守に叙任され、遠州の名はそれに由来する。35歳で朝廷の作事奉行となり以降、江戸、駿府、名古屋、伏見、大坂、二条などの諸城、禁裏、仙洞の各御所、金地院、東海寺の各庭園など幕府、朝廷関係の各種建築、庭園、茶室等の造営事業に尽力、45歳で京都伏見奉行に任じられ68歳で死去するまでその職にあった。茶の湯については若い時、古田織部に師事し、独自の美意識で書院茶の湯など茶の湯の和風化を完成、遠州流茶道の開祖となる。
1579~1647(天正7~正保4)江戸初期の武家。茶人。30歳で遠江守に叙任され、遠州の名はそれに由来する。35歳で朝廷の作事奉行となり以降、江戸、駿府、名古屋、伏見、大坂、二条などの諸城、禁裏、仙洞の各御所、金地院、東海寺の各庭園など幕府、朝廷関係の各種建築、庭園、茶室等の造営事業に尽力、45歳で京都伏見奉行に任じられ68歳で死去するまでその職にあった。茶の湯については若い時、古田織部に師事し、独自の美意識で書院茶の湯など茶の湯の和風化を完成、遠州流茶道の開祖となる。
ウィキペディア |
小堀政一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/05 06:06 UTC 版)
(小堀遠州 から転送)
小堀 政一(こぼり まさかず)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名、茶人、建築家、作庭家。備中松山藩2代藩主、のち近江小室藩初代藩主。一般には小堀 遠州(こぼり えんしゅう)の名で知られる(「遠州」は武家官位の遠江守に由来する)。幼名は作助、元服後は、はじめ正一、後に政一と改める。道号に大有宗甫、庵号に孤篷庵がある。
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[続きの解説]
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