長江 名称

長江

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/25 15:10 UTC 版)

名称

長江流域

上流部は金沙江(きんさこう)またはディチュ河チベット語: vbri-chu、འབྲི་ཆུ་、「母ヤクの川」)、下流部は揚子江(ようすこう、中国語拼音字母:  Yáng zǐ Jiāng[ヘルプ/ファイル])とも呼ばれる。後者は本来は揚子橋という橋の名前だったが、西洋人により長江全体の名前として誤用された(英語の「Yangtze」など)。

河とは本来固有名詞であり、「河」は黄河を、「江」は長江を意味する。長江南岸の湿潤な稲作地帯は「江南」と呼ばれ、中国大陸南部の東海岸地域は「江東」となる。

流域の地形

長江源流、タンラ山脈の氷河
チベット高原(青海省)。青蔵鉄道が上流を渡る。

長江流域は、中国中部・南部の広い範囲を覆っており、源流から河口の標高差は5,400 mに達し、その地形も高原、褶曲山脈、低い山地・丘陵、盆地、平野など多岐にわたる。流域は、西部の高原・高山地区、中部の中山・低山地区、東部の丘陵平原地区に大きく分けられる。

まず四川省広元市雅安市を結ぶ線から西は高原・高山地区であり、さらに二つに分けることができる。すなわち、水源近くの標高5,000 mから4,000 mのチベット高原を流れる地域と、四川省西部の標高5,000 mを超える褶曲山脈(横断山脈)に囲まれた険しい峡谷を流れる地域である。こうした山地はプレートがぶつかり合っている場所で、地震活動も活発である。

湖北省襄陽市宜昌市凱里市より西は中部の中山・低山地区で、さらに三つに分けることができる。北側の四川省・陝西省湖北省をまたぐ秦嶺山脈大巴山脈、南側の湖北省・湖南省貴州省をまたぐ鄂黔山地、これらに挟まれた四川盆地の三地区である。

宜昌より東は東部の丘陵・平原地区で、さらに三つに分けることができる。北側の淮陽低山丘陵区、南側の江南低山丘陵区、その間の長江中下流平原区である。このほか、様々な平野や盆地にこれらを分けることができる。たとえば武漢周辺の長江と漢水が交わるあたりの江漢平原、湖南省の洞庭湖平原、江西省鄱陽湖平原、安徽省巣湖平原、江蘇省の長江デルタなどは本流沿いの地形で、支流沿いには漢中盆地、南陽盆地などがある。

流域の周りは山地に囲まれている。流域の北には崑崙山脈バヤンカラ山脈(巴顔喀拉山脈)、秦嶺山脈、大巴山脈があり、南には南嶺山脈武夷山脈天目山脈がある。

各部分

源流域と通天河

青海省南部には、長江の源流とされる三つの川がある。一番の源流(本源)がタンラ山脈(唐古拉山脈)の氷河に発する沱沱河(トト河)、南の源流(南源)がタンラ山脈東部の広大な沼地帯に発する当曲(ダムチュー)、北の源流(北源)が野生生物の多いフフシル山地に発する楚瑪爾河(チュマル河)である。

これらの川は、タンラ山脈の北に広がるチベット高原北東部の地帯の峡谷を流れる。途中で沱沱河は当曲と合流して通天河となり、曲麻萊県の西部で楚瑪爾河とも合流する。通天河は沱沱河と当曲の合流地点から玉樹チベット族自治州の巴塘河口までの813キロメートルの区間である。巴塘河中国語版口からは金沙江と名が変わる。

長江の源流については長年考察が加えられてきたが、代に地理学者・徐霞客が金沙江を源流とする論考を残し、さらに代には通天河の存在も知られるようになった。1956年1977年の長江源流域調査により、沱沱河が長江の源流と定められた。

金沙江

上流の金沙江。雲南省の虎跳峡
雲南省麗江市石鼓鎮で南向きから北向きへ180度流れを変える金沙江(長江第一湾)

金沙江は長江の上流部であり、青海省西南部の玉樹チベット族自治州の巴塘河口から、四川省宜賓市岷江合流点までを指す。全長は2,308 km、流域面積は340,000 km2で、落差は3,300 mに達する。チベット語ディチュ河ワイリー拡張方式のチベット語表記: 'bri chu)と呼ばれる川と部分的に重なる。

岷江と金沙江が合流し長江が始まる地点(四川省宜賓市岷江口)

青海省西部で発した後、南の崑崙山脈へ向かい、青海省とチベット(西蔵)自治区の境界をなすタンラ山脈の北麓を流れ、チベット東部のカム地方を東西に二分している。東経97度、北緯27–37度付近では、中国の行政区分でいう「西蔵」と「四川」の境界となっている。

また四川省から雲南省にかけての褶曲山脈地帯(横断山脈)では、南東へ流れる金沙江と瀾滄江メコン川上流部)、怒江サルウィン川上流部)がそれぞれ深い谷間を刻みながら平行に流れ、三江併流をなしている。この三江併流部分の三河川間の距離は小さく、金沙江と瀾滄江が最も接近する地点では37 kmしか離れていない[7]

雲南省のシャングリラ市(旧称:中甸県)から玉竜ナシ族自治県の間では、金沙江は「虎跳峡」と呼ばれる大峡谷を流れている。左岸には哈巴雪山、右岸には玉龍雪山という5,000 m級の高山がそそり立ち、川の両岸には落差2,000 mにも及ぶ断崖絶壁が迫っている。

ここまではほぼ北から南へと流れていた金沙江は、麗江市玉竜ナシ族自治県石鼓鎮において流路をほぼ反転させ、南から北へと流れるようになる。この大蛇行は長江第一湾と呼ばれ、観光名所となっている。ここでの流路変更が地図上ではあまりに鋭角で不自然な流れであることから、河川争奪が起こり、そのまま南へと流れ紅河となっていた上流部が長江へと奪われ東へ流れるようになったという説が提唱された[8]。この説に対する反論としては石鼓のような高度の高い高原においては河川争奪は起きにくく、また南へと続くルート上の堆積物と金沙江上流域の地質がまったく違うことや、現在の流路と地質構造線が一致していることなどが挙げられる[9]。この長江第一湾は流路の大きな転換点であり、ここまで南へと流れていた長江はここから基本的には東流するようになる。

金沙江は攀枝花市において雅礱江を合わせる。攀枝花市は1965年に建設された新しい都市であり、攀鋼集団を中心とする鉄鋼業を基盤とする。また、攀枝花市は長江本流沿いの大都市としては最も上流に位置し、成昆線がここで金沙江を渡る。さらに東へ流れる金沙江は、山岳部を抜けて四川盆地に入り宜賓市の岷江口で岷江と合流し、長江と名を変える。

川江

長江中流に面する湖北省宜昌市

宜賓から湖北省宜昌市まで、四川盆地や三峡を流れる長江上流は、四川を流れることから俗に「川江」と呼ばれる。険しい山岳地帯を流れてきた源流部とは違い、宜賓より下流は流れも緩やかになり、船の航行も可能となる。宜賓からは四川盆地の南縁を流れ、重慶市に達する。重慶は南西から流れてきた長江と北から流れてきた嘉陵江が合流する地点に発達した都市であり[10]、四川盆地東部の中心都市として、また大型船舶の終着地点としても重要な役割も果たしている。三峡ダムの建設によって、それまで3,000 t級の船しか遡上できなかったのが10,000 t級の大型船舶まで重慶に航行できるようになり[11]、河港都市としての重慶の重要性はより増した。重慶市中心部を過ぎると四川盆地は終わり、両側には険しい山岳が迫るようになる。重慶市奉節県白帝城を過ぎると、宜昌市までの間は瞿塘峡巫峡西陵峡の三つの大峡谷、いわゆる三峡が120 kmにわたって続き、重慶から「長江三峡下り」を楽しむ観光客も多い。三峡の終点である宜昌市には2012年三峡ダムが完成し、膨大な電力を生み出し流量を調節している。一方で、このダムの完成は景勝地であった三峡の風景を変化させ、また上流に住む140万人の住民は移住を余儀なくされることとなった[12]。この三峡の終点までが、長江の上流域となっている。

荊江

湖北省黄岡市から望む長江と対岸の鄂州市

宜昌から江西省九江市までの長江中流は、古代の荊州(湖北省一帯)を流れることから俗に「荊江」と呼ばれる。荊江は長江中下流の平原地帯を流れるために、川江よりもさらに緩やかな流れになる。古来より要衝として栄えた江陵市を過ぎ、岳陽市で長江本流は洞庭湖に接する。もっとも、江陵付近から岳陽までの間では直接の接点以外にも4本の支流が長江本流から洞庭湖へと流れ込んでおり、洞庭湖に供給される水量の半分は長江から流れ込むものである。このため、洞庭湖は長江の遊水地的役割を果たしており、増水期には通常時よりかなり面積が増大する。一方で、長江上流から流れ込む膨大な土砂と干拓は洞庭湖の面積を縮小させ続けており、現在では通常時は東・南・西の3つの湖に分かれてしまううえ、増水時の面積でも半分以下にまで減少し、鄱陽湖に抜かれてしまった[13]。岳陽市の、長江と洞庭湖が接する地点に建てられた岳陽楼は雄大な景観で知られ、瀟湘八景のひとつにも数えられ、また杜甫孟浩然范仲淹などの名だたる詩人がここで多くの詩文を生み出した。

岳陽で長江本流は北東に転じ、その下流には赤壁があり、ここで208年曹操軍と孫権劉備連合軍の間で赤壁の戦いが起こった。そこから下流に行くと、長江は西から流れてきた漢水と合流する。この合流地点は水陸交通の交わる要衝であり、長江と漢水によって分けられた北の漢口・西の漢陽・南の武昌の3都市が発達していた。武漢三鎮と呼ばれたこの3都市は1926年に合併して武漢市となり、長江中流域最大の都市となっている。武漢で長江は南東へと転じ、江西省九江市で再び北東へと転ずる。この九江市は鄱陽湖と長江本流との接点にある都市である。鄱陽湖は洞庭湖と同じく長江の遊水池的役割を持っているが、近年では洞庭湖と同じく面積縮小が起こっている[14]。洞庭湖の東洞庭湖中国語版南洞庭湖中国語版西洞庭湖中国語版[15][16][17]および鄱陽湖の2か所[18][19]ラムサール条約に登録されている。

揚子江

九江から先は長江下流であり、特に江蘇省揚州市から鎮江市付近、およびそれより下流では、かつて「揚子津渡口」という渡しがあったことから「揚子江」と呼ばれていた。これが中国国外で長江を指す言葉としても用いられるようになっている。九江からは長江は北東に再び転じ、南京で東へと向かう。南京は六朝などの各王朝が都した古都であり、江南のみならず長江流域の政治的中心の役割を幾度となく握ってきた。南京より下流は長江の河口デルタ地域となるが、この長江の流れる江蘇省南部に銭塘江流域の浙江省北部を加えた地域は長江デルタと呼ばれ、中国総人口の10%、中国国内総生産(GDP)の22.3%(2008年)を占める中国最大の工業・経済地域となっている[20]。そして、長江の河口に位置するのが中国最大の都市である上海である。上海は、長江水運と海運との結節点として急速に発達した都市である。河口には巨大な沖積島である崇明島が浮かんでいる。

安徽省池州市の河畔にある昇金湖中国語版[21]、上海市崇明島東部の崇明東灘湿地中国語版[22]および長江河口中国語版長江口カラチョウザメ自然保護区中国語版[23]はラムサール条約に登録されている。


  1. ^ Yangtze River”. ENCYCLOPæDIA BRITANNICA. Encyclopædia Britannica, Inc.. 2019年3月26日閲覧。
  2. ^ Zhang Zengxin; Tao Hui; Zhang Qiang; Zhang Jinchi; Forher, Nicola; Hörmann, Georg. “Moisture budget variations in the Yangtze River Basin, China, and possible associations with large-scale circulation”. Stochastic Environmental Research and Risk Assessment (Springer Berlin/Heidelberg) 24 (5): 579–589. doi:10.1007/s00477-009-0338-7. 
  3. ^ Main Rivers”. National Conditions. China.org.cn. 2010年7月27日閲覧。
  4. ^ [1] Accessed 2011-02-01
  5. ^ “Three Gorges Says Yangtze River Flow Surpasses 1998”. Bloomberg Businessweek. (2010年7月20日). オリジナルの2010年7月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100723112420/http://www.businessweek.com/news/2010-07-20/three-gorges-says-yangtze-river-flow-surpasses-1998.html 2010年7月27日閲覧。 
  6. ^ 世界地図帳 THE ATLAS OF THE MODERN WORLD, 昭文社, (1983) 
  7. ^ 大矢 2006, p. 82.
  8. ^ 斎藤文紀「ヒマラヤ-チベットの隆起とアジアの大規模デルタ:デルタの特徴と完新世における進展」『地質学雑誌』第111巻第11号、2005年11月、pp.717-724。
  9. ^ 大矢 2006, pp. 84–88.
  10. ^ 上野 2011, p. 108.
  11. ^ 上野 2011, p. 110.
  12. ^ 「中国・三峡ダムが全面稼働、発電量は原発15基分」 AFPBB(2012年7月6日)2015年2月25日閲覧
  13. ^ 倉田亮『世界の湖と水環境』p10 成山堂書店、2001年、ISBN 4-425-85041-6
  14. ^ 「中国最大の淡水湖、干上がった湖底から明代の石橋現る」 AFPBB (2014年01月3日)2015年2月25日閲覧
  15. ^ a b Dong dongting hu | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2013年1月1日). 2023年4月7日閲覧。
  16. ^ a b Nan Dongting Wetland and Waterfowl Nature Reserve | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2008年1月1日). 2023年4月7日閲覧。
  17. ^ a b Xi dongting lake nature reserve | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2008年1月1日). 2023年4月7日閲覧。
  18. ^ a b Poyanghu | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (1997年1月1日). 2023年4月7日閲覧。
  19. ^ a b Jiangxi Poyang Lake Nanji Wetlands | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2020年8月28日). 2023年4月7日閲覧。
  20. ^ 上野 2011, p. 91.
  21. ^ a b Anhui Shengjin Lake National Nature Reserve | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2015年12月22日). 2023年4月7日閲覧。
  22. ^ a b Chongming Dongtan Nature Reserve, Shanghai | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2017年7月27日). 2023年4月7日閲覧。
  23. ^ a b Shanghai Yangtze Estuarine Wetland Nature Reserve for Chinese Sturgeon | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2008年2月2日). 2023年4月7日閲覧。
  24. ^ 上野 2011, p. 67.
  25. ^ 上野 2011, p. 71.
  26. ^ 藤村幸義『中国の世紀 鍵にぎる三峡ダムと西部大開発』p79 中央経済社 平成13年12月25日初版発行
  27. ^ “中国の巨大水路、送水始まる”. AFPBBNews (フランス通信社). (2014年12月12日). https://www.afpbb.com/articles/-/3034210 2014年12月13日閲覧。 
  28. ^ 「気候変動で中国の湿原が減少 アジア全土に影響を及ぼす恐れ」 AFPBB(2007年07月18日)2015年2月25日閲覧
  29. ^ 上田 2009, p. viii.
  30. ^ 「長江流域の自然災害、犠牲者600人に」 AFPBB(2007年11月14日)2015年2月25日閲覧
  31. ^ 「長江、干ばつの影響で水位が過去140年で最低レベルに」 AFPBB(2008年01月18日)2015年2月25日閲覧
  32. ^ 「長江への汚水排出、過去最高の300億トン超」 AFPBB(2007年11月14日)2015年2月25日閲覧
  33. ^ 上田 2009, p. 102.
  34. ^ 「希少種のヨウスコウカワイルカ、絶滅か」 AFPBB(2007年8月9日)2015年2月25日閲覧
  35. ^ 「長江のスナメリ、生息数調査始まる」 AFPBB(2012年11月12日)2015年2月25日閲覧
  36. ^ 「野生のカラチョウザメ、繁殖確認できず 中国」 AFPBB(2014年9月15日)2015年2月25日閲覧
  37. ^ 中国・長江の漁業資源保護へ10年間禁漁…ダム建設続き、実効性に疑問も読売新聞』2020年12月28日(2021年1月5日閲覧)
  38. ^ 「上海:長江トンネル、長江大橋が開通」 済龍 CHINA PRESS 2009年11月2日 2016年5月21日閲覧
  39. ^ 「長江の下くぐる初のトンネル、中国・武漢で試験開通」 AFPBB(2008年12月29日)2015年2月25日閲覧
  40. ^ 東海テレビ放送/編集『東海テレビ放送開局50年史 つたえるつなぐ』2009年、43頁。 






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