狂犬病 狂犬病の概要

狂犬病

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/14 05:28 UTC 版)

狂犬病
狂犬病に罹患した(狂騒状態後の麻痺期)
概要
診療科 感染症
分類および外部参照情報
ICD-10 A82
DiseasesDB 11148
MedlinePlus 001334
eMedicine med/1374 eerg/493 ped/1974
Patient UK 狂犬病
MeSH D011818
狂犬病
別称 Rabies
概要
診療科 感染症神経科
症状 発熱、恐風、恐水、不安感、興奮、精神錯乱など
原因 狂犬病ウイルス
治療 狂犬病ウイルスに感染した疑いがある場合、狂犬病ワクチンを至急接種。
予後 一度発症してしまうと致死率ほぼ100%
分類および外部参照情報
Patient UK 狂犬病

概要

毎年世界中で約6万人の死者を出しているウイルス感染症であり、一度発症すると99.99%以上の確率で死亡する。後述の通り生存例もきわめてまれにあるが、後遺症が残る。狂犬病による死者の95%以上はアフリカアジアで発生している[1][3]。感染した動物に噛まれた人の40%は、15歳未満の子供であった[1]。狂犬病はワクチンによって予防できる疾患でもあり、ヒトからヒトへの伝播が殆ど無く、大流行につながる恐れもないことから、感染症対策の優先度は低くなる傾向がある[4]。ただし、ヒトからヒトの感染は、狂犬病に感染した患者がほかの人に噛みついたり、患者から採血し終わったあとの針を誤って医療従事者が刺したりしてしまえばあり得るので、可能性はきわめて低いがゼロではない。

日本では、1956年のヒトとイヌ、1957年のネコを最後に撲滅されている(近年の輸入例については後述)。感染症法に基づく四類感染症に指定されており(感染症法6条5項5号参照)、イヌの狂犬病については狂犬病予防法の適用を受け(狂犬病予防法2条参照)、ウシウマなどの狂犬病については、家畜伝染病として家畜伝染病予防法の適用を受ける(家畜伝染病予防法2条及び家畜伝染病予防法施行令1条参照)。

日本では、咬傷事故を起こした動物は、狂犬病感染の有無を確認するため、捕獲後2週間の係留観察が義務づけられている。係留観察中の動物が発症した場合はただちに殺処分し、感染動物の脳組織から蛍光抗体法で、狂犬病ウイルス抗原の検出を行う[5]

歴史

前史

狂犬病の正確な起源は不明であるが、古代メソポタミアのエシュヌンナ法典には「犬が市民を咬み、咬まれた市民が狂犬病になり死亡したときにはその犬の飼い主は40シェケルの銀を支払い、奴隷を咬んで奴隷が死んだときは15シェケルの銀を支払うべし。」との記載があり、古代ギリシャのアリストテレスは狂犬病に罹患した犬に噛まれると他の動物も狂犬病にかかると記している。また、古代ローマのアウルス・コルネリウス・ケルススは罹患した動物の唾液を介してこの病気が広まることを既に理解していた。

症状(ヒト)

潜伏期間は、咬傷の部位によって大きく異なる。咬傷から侵入した狂犬病ウイルスは、神経系を介して脳神経組織に到達して発病するが、その感染の速さは、日に数mmから数十mmと言われている。したがって顔を噛まれるよりも、足先を噛まれる方が、咬傷後の処置の日数が稼げることとなる。脳組織に近い傷ほど潜伏期間は短く、2週間程度。遠位部では数か月以上、2年という記録もある[6]

前駆期には風邪に似た症状のほか、咬傷部位皮膚の咬傷部は治癒しているのに「痒み」や「チカチカ」などの違和感[7]、熱感などがみられる。急性期には不安感、恐水症状(水などの液体の嚥下によって嚥下筋が痙攣し、強い痛みを感じるため、水を極端に恐れるようになる症状)、恐風症(風の動きに過敏に反応して避けるような仕草を示す症状)、興奮性麻痺、精神錯乱などの神経症状が現れるが、脳細胞は破壊されていないため意識は明瞭とされている[8]腱反射瞳孔反射の亢進(日光に過敏に反応するため、これを避けるようになる)もみられる。その2日から7日後には脳神経や全身の筋肉が麻痺を起こし、昏睡期に至り、呼吸障害によって死亡する。

典型的な恐水症状や脳炎症状がなく、最初から麻痺状態に移行する場合もある。その場合、ウイルス性脳炎やギラン・バレー症候群などの神経疾患との鑑別に苦慮するなど診断が困難を極める[9]。恐水症状は、喉が渇いていても水に恐怖を感じてしまうため、苦しむ動物や人間は多い。


  1. ^ a b c Media centre - Rabies”. 世界保健機関. 2015年8月1日閲覧。
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  3. ^ 世界保健機関:HUMAN AND ANIMAL RABIES
  4. ^ a b 狂犬病 2006年現在 The Topic of This Month Vol.28 No.3(No.325)/IASR 28-3 ヒト狂犬病輸入例, 狂犬病対策 国立感染症研究所
  5. ^ 源宣之(岐阜大学農学部 獣医公衆衛生学講座「狂犬病
  6. ^ 厚生労働省:狂犬病に関するQ&A
  7. ^ (西園晃)狂犬病患者はいつ出てもおかしくない 日経メディカルオンライン 記事:2006年12月21日
  8. ^ a b 1年目の研修医が診た狂犬病 日経メディカルオンライン 記事:2008年6月24日
  9. ^ 栄研化学株式会社:『モダンメディア』2005年51巻7号「狂犬病について」 (PDF)
  10. ^ 西園晃「狂犬病 -最新の知見も含めて (PDF) 『モダンメディア』2018年6月号(第64巻6号)
  11. ^ 臓器移植による狂犬病感染の調査、2004年 - 米国、国立感染症研究所 感染症情報センター、IASR(病原微生物検出情報月報)Vol.25 No.11 (No.297) 2004年11月号
  12. ^ Neighbor‐Joining 法によるリッサウイルスの系統樹、国立感染症研究所 感染症情報センター
  13. ^ リッサウイルス感染症検査マニュアル』国立感染症研究所
  14. ^ 狂犬病を発病後回復した1例、2004年-米国・ウィスコンシン州、国立感染症研究所 感染症情報センター
  15. ^ Girl survives rabies without jabBBC NEWS、2004年11月25日
  16. ^ R.E.ウィルビー「狂犬病からの生還」日経サイエンス』2007年7月号
  17. ^ 「14歳少年、狂犬病から生還=世界で極めてまれ-ブラジル」時事ドットコム(2018年1月11日)
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  29. ^ 韓国における狂犬病発生情報”. 社団法人日本獣医師会. 2020年8月16日閲覧。
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  31. ^ 南投でも狂犬病のイタチアナグマ発見、台湾全土で12例め” (2013年7月29日). 2013年8月1日閲覧。
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  34. ^ 中国で最も危険な伝染病は「狂犬病」日経ビジネスオンライン(2007年1月26日)
  35. ^ 四川大地震:被災地で下痢患者増加、狂犬病の恐れも サーチナ(2008年5月19日)
  36. ^ <四川大地震>野良犬化した犬をすべて処分-青川県レコードチャイナ(2008年5月19日)
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  41. ^ Stray Kitten Tests Positive for Rabies in Huguenot Area of Staten Island : Press Release : NYC DOHMH
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  43. ^ 狂犬病発症2例目!! 厚生労働省検疫所(2006年11月16日)
  44. ^ 実際に起こった「狂犬病」による死亡事例 わんちゃんホンポ、2017年12月15日更新
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  51. ^ 狂犬病の予防接種は必要? 日本で発生する危険性は... The Huffington Post Japan, Ltd. 記事:2015年05月20日
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  53. ^ 世界における狂犬病の発生状況および狂犬病侵入のリスク
  54. ^ 厚生労働省:動物の輸入届出制度について
  55. ^ 「狂犬病注射をしない」ということの意味 にほんまつ動物病院
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  58. ^ 不法上陸犬の対応について (PDF) 、厚生労働省検疫所、狂犬病予防等技術研修会(平成14年度)
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  68. ^ 日本獣医師会:狂犬病対策について (PDF)
  69. ^ 厚生労働省:都道府県別の犬の登録頭数と予防注射頭数等
  70. ^ ペットフード工業会:2008年ペットフード工業会ニュース 第14回犬猫飼育率全国調査
  71. ^ 「狂犬病に光当てたコロナ/年1回接種 過剰の指摘」『日経産業新聞』2021年1月13日(先端技術・環境・エネルギー・素材面)






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