元良勇次郎
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元良勇次郎 | |
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元良勇次郎 | |
生誕 |
杉田勇次郎 1858年12月5日 三田藩(現・兵庫県三田市の付近)[1] |
死没 | 1912年12月13日(54歳没) |
研究分野 | 心理学 |
研究機関 | 東京帝国大学 |
出身校 | ジョンズ・ホプキンス大学 |
主な指導学生 | 指導学生を参照。 |
主な業績 | 功績の概要を参照。 |
影響を 受けた人物 | 川本幸民ジョン・デューイウィリアム・ジェイムズデービス,D.J. |
主な受賞歴 | 従三位 • 勲二等瑞宝章 |
プロジェクト:人物伝 |
人物
「元良」は勇次郎が結婚した後の姓である。現在、一般に、元良勇次郎と呼ばれている。なお船舶工学者の元良誠三と物理学者の高橋秀俊は勇次郎の孫にあたる。 勇次郎の生まれた杉田家は、伝承によると九鬼守隆の学友であった杉田市郎右衛門の末裔とされている[1]。 父親は三田藩の儒学者であったが、勇次郎が若いころ(1872年)に死去した[1]。 勇次郎は、同志社英学校最初の学生(全8名)で、開校当初に中島力造、上野栄三郎とともに真っ先に駆けつけたひとりだった。同志社英学校では当時としてはめずらしい性理学(現在の心理学)の授業が行なわれており、ここでの心理学との出会いが彼の一生を決定付けた。性理学の講義を担当していたJ・D・デービスが蔵書していたW. B. カーペンター『精神生理学の原理』(Carpenter 1874)に感化される[4]。
経歴
- 儒学者であった父の縁で、7歳より三田藩藩校の造士館にて儒学や洋学を学ぶ[1]。
- 1869年、英蘭塾に入塾し、川本幸民らに教えを仰ぐ[1]。
- 父の死後に、宣教師デービス(1838年生 - 1910年没)の説教を聞く機会をもちキリスト教の影響を受けた後に、神戸に住むデービスの元で下宿することとなる。[1]
- 明治1875年)11月、同志社英学校に入学する。 8年(
- 明治12年(1879年)春、津田仙から学農社農学校の教員に招かれ退学(同志社には3年余り在学した)。その後、東京英和学校(青山学院の前身)の設立にも参画する。
- 明治16年(1883年)、渡米しボストン大学の哲学科に入学するものの、教授のボーデン・パーカー・ボウン(1847年-1910年)の保守的なキリスト教哲学と進化論をめぐって対立してしまい後に依願退学する[4]。
- 明治18年(1885年)、ジョンズ・ホプキンス大学の生物学教室に転向する[4]。ジョン・デューイの講義を受ける。倫理学等も含めて学び、実験心理学の実験方法を体得した。ジョンズ・ホプキンス大学でPh.Dの学位を修める。(ただし心理学専攻ではなく哲学専攻で学位を取得したらしいことが最新の調査で明らかになりつつある)。
- 明治21年(1888年)、日本へ帰国し、東京英和学校の教員を務めた。また帝国大学文科大学にて精神物理学の講義を担当する。
- 明治22年(1889年)、外山正一(元帝国大学総長)、神田乃武(帝大文科教授)と共に、正則予備校設立。後に正則高等学校となり現在に至る。
- 明治23年(1890年)、帝国大学文科大学教授に就任する。
- 明治26年(1893年)、心理学・倫理学・論理学第一講座担当となる(後に第二講座を中島力造が担当した)。
- 明治27年(1894年)、高等師範学校(現、筑波大学)において心理学を講じる教授を兼任。
- 明治36年(1903年)、丁酉倫理会会員として「哲学館事件に対する意見」書に名を連ねる[5]。
- 明治39年(1906年)、帝国学士院会員に任命。日本における近代心理学の礎を築く。
- 大正元年(1912年)、カリエスがもとで死去した。従三位・勲二等瑞宝章。
栄典
- 1891年(明治24年)12月21日 - 正七位[6]
- 1897年(明治30年)2月10日 - 正六位[7]
- 1901年(明治34年)8月31日 - 正五位[8]
- 1906年(明治39年)10月20日 - 従四位[9]
- 1911年(明治44年)12月11日 - 正四位[10]
- ^ 現在の水準からすると、シンプルな説明ではある。が、成果はもたらした。
- ^ これは、自身を用いての実験と言え、これもまた、心理学におけるひとつの考え方・方法論である)。 なお同じ日に夏目漱石も参禅しており、当時の参拝簿には元良と「夏目金之助」の名が隣り合わせに書かれている。(放送大学「心理学史 '05」 2009.10.20放送。担当講師、佐藤達哉 他)漱石と参禅が同時だったことは、(元良勇次郎 1910)にて自身でも述べている。
- ^ a b c d e f 佐藤達哉 2001.
- ^ 朝日日本歴史人物事典の解説「生年:安政5.11.1(1858.12.5)」 元良勇次郎とは - コトバンク
- ^ 『日本心理学者事典』クレス出版、2003年。ISBN 4-87733-171-9。
- ^ a b c 高砂美樹 2001, p. 82.
- ^ 哲学館事件『東洋大学創立五十年史』東洋大学、1937年
- ^ 『官報』第2545号「叙任及辞令」1891年12月22日。
- ^ 『官報』第4081号「叙任及辞令」1897年2月12日。
- ^ 『官報』第5451号「叙任及辞令」1901年9月2日。
- ^ 『官報』第6995号「叙任及辞令」1906年10月22日。
- ^ 『官報』第8544号「叙任及辞令」1911年12月12日。
- ^ a b c d 放送大学「心理学史 '05」 2009.10.20放送。担当講師、佐藤達哉 他。(印刷教材(西川泰夫・高砂美樹・編著 2005))。
固有名詞の分類
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