昭聖王
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/07 15:52 UTC 版)
昭聖王 金俊邕 | |
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新羅 | |
第39代国王 | |
王朝 | 新羅 |
在位期間 | 799年 - 800年 |
諡号 | 昭聖大王 |
生年 | ? |
没年 | 貞元16年(800年)6月 |
父 | 恵忠大王 |
母 | 聖穆太后 |
昭聖王 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 소성왕 |
漢字: | 昭聖王 |
発音: | ソソンワン |
日本語読み: | しょうせいおう |
ローマ字: | Soseong Wang |
昭聖王(しょうせいおう、生年不詳 - 800年)は、新羅の第39代の王(在位:799年 - 800年)であり、姓は金、諱は俊邕(しゅんよう)。父は第38代元聖王の元太子であった金仁謙(夭逝して恵忠太子と諡され、昭聖王の即位後に恵忠大王と追封)、母は角干(1等官)の金神述の娘の淑貞夫人(聖穆太后と追封)。王妃は大阿飡(5等官)の金叔明の娘の桂花夫人[1]。『三国史記』新羅本紀・昭聖王紀の分注には昭成王という表記も見られる。
即位まで
『三国史記』新羅本紀においても、元聖王紀と昭聖王紀とでは昭聖王の即位前の略歴について異なった事情を伝えており、系統の異なる史料が存在したものと見られている[2]。
- 元聖王紀の記述
- 元聖王7年(791年)10月に、大阿飡の位から侍中となり、8年(792年)8月に病気のために侍中から退官。11年(795年)1月に、太子に立てられた。
- 昭聖王紀(即位紀)の記述
- 元聖王7年(791年)に父の金仁謙が死去し、宮中で養われるようになった。5年(789年)には唐に使者として派遣され、大阿飡の位を受けた。6年(790年)には波珍飡(4等官)となり、宰相(上大等か?)となった。7年(791年)に侍中となり、8年(792年)には兵部の令(長官)になった。11年(795年)に太子となり、14年12月29日(799年2月8日)に元聖王の死去すると新年を迎えて王位を継いだ。
治世
799年3月に、官僚養成機関である国学の学生のための禄邑として、菁州老居県(慶尚南道巨済市長承浦邑)をあてがった。これは、新羅の下代(宣徳王以降)の特色である律令制度と貴族連合体制の制度とを融合したものの現れと見られている[3]。
在位2年にして800年6月に死去し、昭聖と諡された。王陵については未詳。唐の徳宗からは<開府儀同三司・検校太尉・新羅王>に冊封されるところであったが、冊命使が新羅入りする前に昭聖王が死去したため、冊命使は引き上げたという[4]。
脚注
- ^ 『三国遺事』王暦では、王妃は夙明公の娘の桂花王后とする。叔明と夙明とは同音(숙명)。
- ^ 井上訳注1980 p.352 注20
- ^ 井上訳注1980 p.352 注21
- ^ 『旧唐書』211・新羅伝「貞元十六年(800年)、授俊邕開府儀同三司、檢校太尉、新羅王。令司封郎中、兼御史中丞韋丹持節冊命。丹至鄆州、聞俊邕卒、其子重興立、詔丹還。」
関連項目
参考文献
- 『三国史記』第1巻 金富軾撰 井上秀雄訳注、平凡社〈東洋文庫372〉、1980 ISBN 4-582-80372-5
- 『完訳 三国遺事』一然著 金思燁訳、明石書店、1997 ISBN 4750309923(原著『完訳 三国遺事』六興出版、1980)
「Soseong of Silla」の例文・使い方・用例・文例
- Microsoftがβ版をランチするのは「NetShow streaming server」で動画や音声をオンデマンドで提供する。
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 an admiral of the fleet 海軍元帥.
- 篏入的 r 音 《英音の India office /ndiərfɪs/の /r/の音》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- (英国の)運輸省. the Ministry of Education(, Science and Culture) (日本の)文部省.
- は of の誤植です.
- を off と誤植する.
- あいまい母音 《about, sofa などの /ə/》.
- 副詞的小詞 《on, in, out, over, off など》.
- 迂言的属格 《語尾変化によらず前置詞によって示す属格; たとえば Caesar's の代わりの of Caesar など》.
- çon of garlic [humor]. それにはガーリック[ユーモア]がちょっぴり必要だ.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Speaker of the House of Commons 下院議長.
- 《主に米国で用いられる》 = 《主に英国で用いられる》 the Committee of Ways and Means 歳入委員会.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- (違法罪―a sin of commission―に対する)怠惰罪
- 『each』、『every』、『either』、『neither』、『none』が分配的、つまり集団の中の1つのものを指すのに対し、『which of the men』の『which』は分離的である
- 『hot off the press(最新情報)』は『hot(最新の)』の拡張感覚を示している
- 『Each made a list of the books that had influenced him』における制限節は、リストに載った本を制限節で定義された特定の本だけに制限する
- 臨床的鬱病を治療するのに用いられる三環系抗鬱薬(商品名ImavateとTofranil)
- 『sunshine-roof』は『sunroof(サンルーフ)』に対する英国の用語である
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