古第三紀
(Paleogene から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/04/03 15:01 UTC 版)
| 累代 | 代 | 紀 | 世 | 期 | 基底年代 Mya[* 3] |
|---|---|---|---|---|---|
| 顕生代 | 新生代 | 第四紀 | 完新世 | メガラヤン | 0.0042 |
| ノースグリッピアン | 0.0082 | ||||
| グリーンランディアン | 0.0117 | ||||
| 更新世 | 後期更新世 | 0.129 | |||
| チバニアン | 0.774 | ||||
| カラブリアン | 1.8 | ||||
| ジェラシアン | 2.58 | ||||
| 新第三紀 | 鮮新世 | ピアセンジアン | 3.6 | ||
| ザンクリアン | 5.333 | ||||
| 中新世 | メッシニアン | 7.246 | |||
| トートニアン | 11.63 | ||||
| サーラバリアン | 13.82 | ||||
| ランギアン | 15.97 | ||||
| バーディガリアン | 20.44 | ||||
| アキタニアン | 23.03 | ||||
| 古第三紀 | 漸新世 | チャッティアン | 27.82 | ||
| ルペリアン | 33.9 | ||||
| 始新世 | プリアボニアン | 37.8 | |||
| バートニアン | 41.2 | ||||
| ルテシアン | 47.8 | ||||
| ヤプレシアン | 56 | ||||
| 暁新世 | サネティアン | 59.2 | |||
| セランディアン | 61.6 | ||||
| ダニアン | 66 | ||||
| 中生代 | 251.902 | ||||
| 古生代 | 541 | ||||
| 原生代 | 2500 | ||||
| 太古代[* 4] | 4000 | ||||
| 冥王代 | 4600 | ||||
古第三紀(こだいさんき、Paleogene period)は、6,600万年前から2,303万年前まで[1]にあたる新生代最初の紀である地質時代の一つ。漸新世、始新世、暁新世の3つの世に区分される。
名称
英名「Palaeogene」は、「古い」「旧の」を意味する「palaeo」、「起源」「由来」「系統」「種」などを意味する「gene」というギリシャ語が由来である[2]。この用語は、ドイツなどて見つかる哺乳類の生物相が、古第三紀と新第三紀で大きく異なることを指摘した、ドイツの地質学者C.F.ナウマンが1866年に導入した[3][4][5]。1865年、オーストリアの古生物学者、モーリッツ・へルネスがウィーン盆地の岩石層を説明するために導入したとする資料もある[6]。貨幣石が繁栄したため、フランスでは「貨幣石(ヌムライト)紀」と呼ばれることがある[4][7]。
日本語では、「Paleogene」は 「古第三紀」と訳され[8]、2009年の新定義批准後も当面のこととして「第三紀」を含む訳が踏襲されている[8]。これに対して「古成紀」「古獣紀」など、訳語を改定するいくつかの提案がなされているが、方針化はまだなされていない[9][10]。
大陸
ローラシア大陸は始新世の初めに北大西洋の拡大に伴い分裂し、北アメリカ大陸とグリーンランド、ヨーロッパ大陸に分かれた。 ゴンドワナ大陸は、いくつかの大陸に分かれていた。オーストラリア大陸と南極大陸はおよそ漸新世まで隣接していた[11]が、漸新世後期に分離し、オーストラリア大陸は北上しはじめた[12]。白亜紀の末にアフリカ大陸の東にあったインド大陸は、北に向かって移動し始める。そして、約4000万年前にユーラシア大陸と衝突し、世界最大の山脈となるヒマラヤ山脈とアルプス山脈の形成が開始された[13]。アメリカ大陸では、北アメリカのコルディエラから南アメリカのアンデスに続く山脈が古第三紀に主たる造山運動で形成されはじめた[14]。
古第三紀初期には、ローラシア大陸とゴンドワナ大陸の間にまだテチス海が存在していたが、インド・アラビア・アフリカの各プレートが北に移動するにつれて押し縮められていきつつあり、陸地も競り上がっていきアルプス山脈とヒマラヤ山脈ができあがり、テチス海もプレート同士の押し合いで最終的に消滅した[11]。
古第三紀の日本列島は、大半が陸上で浸食を受けていたと考えられ、北九州や常磐、石狩、釧路などの炭田地帯に陸成、浅海成の地層群が分布するほかは、西南日本の太平洋岸にそって外洋性の地層群が分布するのみである[14]。
気候
恐らく隕石の衝突の影響で、白亜紀の末に一時的に寒冷化した気候は[15]、初期の5800万年前~5000万年前には地球全体の温暖化が進んだ (暁新世-始新世温暖化極大)。しかし、その後寒冷化が進み、約3400万年前には南極大陸で氷河が発達するようになり、寒暖を繰り返したのち、その寒冷化は現在まで続いている[16]。
生物相
古第三紀は哺乳類や被子植物が多様化したことが特徴に挙げられる。古第三紀の生物相は、後発の新第三紀とは大きく異なり[11]、現生の生物と共通する種はきわめて少ない[4]。始新世後期の3650万年前、大量絶滅が起きている[14]。
動物界
アンモナイトや恐竜などの大量絶滅(白亜紀と古第三紀の間の大量絶滅)で、それらが占めていたニッチは哺乳類がかわって占有するようになった[14]。ウマやゾウの祖先が出現し、真生哺乳類の発展、大型化がみられる。古第三紀前半の哺乳類は小型のものだった[4]。以後、現在生息する哺乳類の多くの祖先が次々に出現し、適応放散していった。また、古第三紀の暖かく浅い海では貨幣石と呼ばれる大型有孔虫が繁栄し、示準化石となっている[16]。鳥類は、白亜紀末の大絶滅を生き残ったものたちが、より現代的な姿へと進化し、特にスズメ類、オウム類、キツツキ類などが充実していく。現世のガやチョウの祖先も現れ、ハチやガなど花粉を運ぶ昆虫がそれまでの時代よりも一般的になり、被子植物と昆虫の共生関係が広がっていく[15]。
植物界
植物界では、中生代白亜紀に繁栄し始めた被子植物の発展が目立ち、気候が温暖だったため、高緯度地方でも亜熱帯植物がみられた[4]。また、針葉樹林が発達し、イネ科などの原生単子葉類が繁栄したのもこの頃である[15]。古第三紀と新第三紀を通じてツンドラ、針葉樹林、落葉樹林、草原、熱帯雨林という主要な植物区分がはっきりと確立されるようになった[11]。
脚注
- ^ “INTERNATIONAL CHRONOSTRATIGRAPHIC CHART (国際年代層序表)” (PDF). 日本地質学会. 2015年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月19日閲覧。
- ^ 鈴木, 寿志 (2023). “日本人はいつまで「第三紀」を使うのか?”. 日本地質学会学術大会講演要旨 2023: 180. doi:10.14863/geosocabst.2023.0_180.
- ^ “Paleogene” (P1). MUZEUM PIG-PIB. Państwowy Instytut Geologiczny. 2026年2月16日閲覧。
- ^ a b c d e “古第三紀 コトバンク”. DIGITALIO CPOT. 2024年12月9日閲覧。
- ^ “paleogēns” (英語) 2026年3月29日閲覧。
- ^ “Meteorologický slovník”. slovnik.cmes.cz. 2026年2月16日閲覧。
- ^ 熊本県高等学校教育研究会地学部会. “貨幣石 - 熊本県高等学校教育研究会地学部会”. sh.higo.ed.jp. 2026年2月16日閲覧。
- ^ a b “日本地質学会 - 地球史Q&A”. geosociety.jp. 2025年11月30日閲覧。
- ^ 石渡明 (2006-2). “新生代の紀の名称として「古獣紀・新獣紀」の提案”. 地質学会ニュース 9 (2) 2017年5月24日閲覧。.
- ^ “日本地質学会 - 報告_2019.11.23「GSSPシンポジウム:国際層序の意味と意義」”. geosociety.jp. 2026年3月3日閲覧。
- ^ a b c d リチャード・サウスウッド 2007年 252ページ
- ^ オーストラリア被子植物相の起源と進化
- ^ “古第三紀・神戸層群の化石”. 第42回特別展大化石展. 大阪市立自然史博物館 (2011年). 2017年5月24日閲覧。
- ^ a b c d “第三紀”. コトバンク. DIGTALIO (2026年2月16日). 2026年2月16日閲覧。
- ^ a b c “生命三十六億年(16) 古第三紀~ - 裏辺研究所(動植物・古生物研究所)”. www.uraken.net. 2026年3月3日閲覧。
- ^ a b “地球生命の進化/古第三紀 東北大学総合学術博物館 ギャラリー”. 東北大学総合学術博物館. 2024年12月9日閲覧。
参考文献
- リチャード・サウスウッド著、垂水雄二訳 『生命進化の物語』 八坂書房 2007年 ISBN 978-4-89694-887-5
関連項目
外部リンク
- “地質系統・年代の日本語記述ガイドライン 2014年1月改訂版”. 日本地質学会. 2014年3月19日閲覧。
- 仲田崇志 (2009年10月29日). “地質年代表”. きまぐれ生物学. 2011年2月14日閲覧。
- Paleogeneのページへのリンク