開館後の沿革とは? わかりやすく解説

開館後の沿革

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/16 21:22 UTC 版)

京都国立博物館」の記事における「開館後の沿革」の解説

1900年明治33年6月帝国京都博物館帝国奈良博物館それぞれ京都帝室博物館奈良帝室博物館改称され東京帝国博物館総長管轄下に置かれた。1924年大正13年)には皇太子(後の昭和天皇)の成婚記念して京都帝室博物館京都市移管され、恩賜京都博物館改称した太平洋戦争後の1947年日本国憲法施行の年)、東京奈良帝室博物館管轄宮内省から文部省変わり文化財保護委員会文部省外局)の附属機関となったが、恩賜京都博物館引き続き京都市所管にあったその後京都博物館についても国立戻そうという機運高まり1947年4月国立移管され、名称は現館名の京都国立博物館となった国立移管時に土地建物所蔵品などは市から国の所有変更されたが、当時館蔵品のうち、重要文化財および重要美術品であった7件については引き続き京都市所有とされた。これに該当するのは以下の7件である。 (重要文化財木造地蔵菩薩立像重要文化財銅造不動明王立像重要文化財多宝千仏石幢 - 後に国有となり、九州国立博物館移管重要文化財毛詩正義重要美術品舞踊図小屏風 - 現・重要文化財重要美術品)宋刊纂図互註尚書 - 現・重要文化財重要美術品)宋刊新編翰苑新書後集 国立移管以前の当館は、京都地方中心とする社寺等からの寄託出品物の展示主体としており、館蔵購入のための予算持たず寄託寄贈が行われるのを待つ状況であった移管時の列品は寄託出品2,501件、館有列品831件で、他に参考486件、図書7,287冊、写真5,510所蔵されていた。これに対して国立移管後は館蔵購入のための独自予算計上されるとともに文化財保護委員会(のち文化庁)が購入して国有となった文化財一部管理換によって館蔵品に加わるシステム整えられた。 博物館は、国立当初文化財保護委員会1968年からは同年新設され文化庁付属機関であった中央省庁再編独立行政法人制度発足に伴い2001年からは独立行政法人国立博物館2007年から独立行政法人国立文化財機構運営する博物館となり、今日に至る。 2020年2月27日から同年3月15日にかけて、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い臨時休館措置取られた。 公式キャラクターとして、自館所蔵作品である尾形光琳の「竹虎図」をモチーフにした「トラりん(虎形琳ノ丞)」が存在する京都市内にある国公立博物館美術館4館で構成する京都ミュージアムズ・フォー」の1つである。

※この「開館後の沿革」の解説は、「京都国立博物館」の解説の一部です。
「開館後の沿革」を含む「京都国立博物館」の記事については、「京都国立博物館」の概要を参照ください。

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