鋳鋼台車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/07 08:39 UTC 版)
「参宮急行電鉄2200系電車」の記事における「鋳鋼台車」の解説
この時代は日本における私鉄電車用台車が、ブリルやボールドウィンに代表されるアメリカ製輸入台車ないしその国産デッドコピー品から、完全な国産設計品へと移行した時期であり、住友の鋳鋼台車はその中でも(特に耐久性の面で)最上級クラスと言うべきものであった。 もっとも、初期の住友鋳鋼台車の基本的なコンセプトもまた、1920年代以降アメリカの鉄道車両で一般化したキャスティング(鋳鋼)台車そのものであった。その意味では完全な国産設計とはいえど同時代のアメリカ製を超えるものではなく、特に理論面では完全な周回遅れ状態であった。日本の鉄道台車は、戦後になって航空機開発の禁止で職を失った海軍航空技術廠出身者を筆頭とする優秀な航空技術者を受け入れることで、特に理論面において長足の進歩を遂げ、1946年以降多種多様な台車形態の試作経験を経た結果、1960年代以降の空気ばね台車普及期に至って、ようやくアメリカを凌駕する水準に到達している。
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