軍縮条約から第二次世界大戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 06:28 UTC 版)
「ワイオミング級戦艦」の記事における「軍縮条約から第二次世界大戦」の解説
ロンドン軍縮会議の結果、1931年にワイオミングは練習艦へと改装された。条約に基づきワイオミングの主砲門数は6門に減じ、防御装甲は撤去されたが副砲以下の武装は変わらなかった。一部のボイラーも撤去されて速力は18ノットにまで抑えられた。 後述する理由によりアーカンソーは1942年に一線で戦えるよう第二次近代化改装が実施された。外観上の違いでは、艦橋構造物が大型化すると共に、籠状の前部マストはニューヨーク級に似た三脚型の物に建て替えられた。頂上部にMk3射撃管制レーダーのアンテナが設置、後部マストの上にもSC型対空レーダーのアンテナが設置されるなど各種の対艦・対空レーダーのアンテナが搭載された。船体のバルジは大型のものに張り替えられて艦幅が増した。武装面では対空火器の増強のために副砲は船体中央のケースメイトに片舷3基ずつ計6基減じられた代わりに、8基だった7.62cm(50口径)高角砲は10基となった。この他に近接火器として2.8cm(75口径)機関砲を四連装砲架で4基、エリコン 2cm(76口径)機関砲を単装砲架で20基を搭載した。その後12月には2.8cm機関砲は四連装砲架で計8基、エリコン 2cm機関砲も26基となった。更に1943年に2.8cm機関砲を全て撤去し、新型のボフォース 4cm(56口径)機関砲を四連装で8基を搭載した。 1944年にワイオミングは外観上の変化として籠状の前部マストと主砲射撃装置を撤去した。艦橋の上には無線通信用の十字型のアンテナが建つのみとなった。艦橋の側面にはMk37GFCS対空指揮装置が片舷1基ずつ計2基設置された。武装面においては、主砲塔3基と副砲の12.7cm(50口径)速射砲を全て撤去し、ケースメイトの砲門を閉鎖した。代わりに12.7cm(38口径)高角砲を連装砲架で1番・2番・6番主砲塔のバーベット上に1基ずつと右舷舷側ケースメイトの後部に1基の計4基を配置し、同型の12.7cm高角砲を右舷ケースメイト上に単装砲塔で直列に1基ずつ計2基を配置した。その反対側に12.7cm(25口径)高角砲を単装砲架で左舷ケースメイト上に2基ずつと船体中央部の左舷甲板上に2基ずつの計4基を配置した。旧来の「7.62cm(50口径)高角砲」単装砲架で右舷甲板上に直列に計4基を搭載した。他に近接火器として2番バーベットと艦橋の間の両舷に円形の砲座を設け、ボフォース 4cm(56口径)機関砲」を四連装砲架で右側に1基、同型のを連装砲架で左側に1基、3番・4番・5番バーベット上に1基の計4基、同型のを単装砲架で後部マストの側面に片舷1基ずつの計2基を配置した。エリコン 2cm(76口径)機関砲を単装砲架で8~15基を後部マストの周囲に搭載した。こうして船体の至る各所に対空火器を配置したために艦載艇は左舷側に集中して置くしかなく、艦載艇用クレーン2基のうち右舷側が撤去されて1基のみとなった。
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