第4、第5の哨戒 1943年7月 - 11月
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「キングフィッシュ (潜水艦)」の記事における「第4、第5の哨戒 1943年7月 - 11月」の解説
7月1日、キングフィッシュは4回目の哨戒でルソン島方面に向かった。マニラ、台湾南岸、ルソン海峡で哨戒を行い、8月6日夜には北緯21度40分 東経118度55分 / 北緯21.667度 東経118.917度 / 21.667; 118.917の地点で陸軍船芝罘丸(東亜海運、3,218トン)に対して魚雷を3本発射したが命中せず、この攻撃がこの哨戒で唯一の戦闘だった。9月3日、キングフィッシュは56日間の行動を終えてフリーマントルに帰投した。 9月24日、キングフィッシュは5回目の哨戒で南シナ海に向かった。この哨戒で、キングフィッシュには2つの特別任務が課せられていた。1つはセレベス島の南部に機雷を敷設すること。もう1つはボルネオ島北東部にオーストラリア陸軍のF. G. L. チェスター(英語版)中佐以下6名の将校と、将校のための物資5,000ポンドを揚陸することであった。10月1日午後、キングフィッシュは南緯07度00分 東経117度10分 / 南緯7.000度 東経117.167度 / -7.000; 117.167の地点で25トンの小船を発見し、4インチ砲で片付けた。翌10月2日夜には、南緯05度39分 東経119度28分 / 南緯5.650度 東経119.467度 / -5.650; 119.467の地点を中心とする海域に機雷を敷設した。10月6日にシブツ海峡に入り、予定地に一連の物資と将校を揚陸させた。10月8日夕刻から10月9日朝にかけては北緯05度09分 東経119度18分 / 北緯5.150度 東経119.300度 / 5.150; 119.300の地点で特務艦早鞆を発見して追跡し、魚雷を4本発射して2本を命中させて撃破する。スラウェシおよびボルネオ水域での特別任務を終えたキングフィッシュはインドシナ半島近海に向かう。10月20日午後には北緯12度30分 東経109度30分 / 北緯12.500度 東経109.500度 / 12.500; 109.500のインドシナ半島ヴァレラ岬沖で輸送船三亜丸(拿捕船、元パナマ船ノースキャリア/東亜海運委託、3,365トン)を発見し、魚雷を4本発射して2本を船橋下に命中させ、三亜丸は大破漂流の末沈没した。11月14日、キングフィッシュは52日間の行動を終えてフリーマントルに帰投。艦長がハーバート・L・ジュークス中佐(アナポリス1932年組)に代わった。
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