石巻岡田劇場
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石巻岡田劇場(いしのまきおかだげきじょう)は、中瀬3番地2号に所在した映画館、劇場である。「有限会社オカダプランニング」が運営していた。 この劇場の起源は江戸時代の幕末まで遡る。当時、魚の行商から身を起こし鮮魚商となった千葉源七が自身の店に寄席小屋を併設した。これが石巻で初となる芝居小屋「千葉座」である。千葉座は、江戸から歌舞伎一座や落語家、講談師を招いて興行にあたり、活況を呈した。千葉座は中瀬に移り、1886年(明治19年)には内海橋の架橋で尽力した内海五郎兵衛が経営する「内海座」となった。その後、1891年(明治24年)に岡田谷組八城重兵衛の手に渡り「岡田座」となった。岡田座は芝居小屋として賑わいを見せるが、太平洋戦争中に空襲対策で建物の取り壊しを余儀なくされた。 1946年(昭和21年)に岡田座は再建され、1949年(昭和24年)には映画上映を開始したのを機に岡田劇場と名を変えた(座席数:312席)。やがて石巻市内にシネマコンプレックスが開業し、その影響で2007年(平成19年)頃からは不定期営業となった。この頃、映画『エクレール・お菓子放浪記』のロケに使用された。2011年(平成23年)には岡田座時代の建物に似せる改装工事を行ったが、その完成の5日後である3月11日に、東北地方太平洋沖地震が発生し、その津波によって建物は全壊した。劇場自体はなくなったが、運営会社オカダプランニングの社長夫妻は九死に一生を得て、2011年10月現在、石巻市内で巡回上映会を不定期に行っている。 旧館全壊前には劇場の正面入口付近に「岡田座思い出五人衆」として美空ひばり、ジャイアント馬場、三波春夫、由利徹、そして仮面ライダーのマスクを持った石ノ森章太郎が描かれた壁画が展示されていた。石ノ森は少年時代、出生地の登米郡石森町(現:登米市中田町石森)から自転車で2時間かけて同劇場へ映画を観に行ったという。
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