現在の清洲城とは? わかりやすく解説

現在の清洲城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/17 14:48 UTC 版)

清洲城」の記事における「現在の清洲城」の解説

現在、城跡開発によって大部分消失し、さらに東海道本線東海道新幹線分断されており、現在は本丸土塁一部が残るのみである。東海道本線以南城跡清洲公園)に信長銅像が、以北城跡清洲古城跡公園)に清洲城顕彰碑がある。なお、現在城址のすぐ横を流れ五条川護岸工事の際に発掘され石垣一部が、公園内復元されている。 現在の天守は、平成元年1989年)に旧・清洲町町制100周年記念して清洲城跡に隣接する清須市清洲地域文化広場内に建設され鉄筋コンクリート造模擬天守である。創建当時絵図残っていないため、その規模不明である。そのため、外観規模は、実在した当時想像して設計された。建造され天守は、桃山時代の城を再現するデザインで、江戸時代漆喰塗廻の白い城とは異なる、装飾富んだ姿となっている。 また、清洲城天守または小天守部材転用または、移築したものとされる名古屋城御深井西北隅櫓現存し重要文化財指定されている。尾張旭市良福寺山門裏門移築したものと言われ市の文化財に指定されている。また、名古屋市含笑寺長久寺山門移築された門として伝わっている。清洲城障壁画一部總見寺移され現存し愛知県指定有形文化財絵画)に指定されている。崇福寺にも清須城伝わっているものがある。 平成23年行われた周辺発掘調査平安時代集落跡清州城下町時代の跡、清須宿時代遺構遺物発見された。 なお、2010年1月清須市の「清須越四百事業」のPR役としてフィギュアスケート選手織田信成清洲城名誉城主就任している(任期1年間)。 織田信長 銅像愛知県清須市清洲公園清洲城公園側) 清洲城石垣 清洲城模擬天守大手橋 名古屋城西北隅櫓清洲北西より 清洲城城門移築したと伝わる良福寺山門愛知県尾張旭市

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