浄の池の概要
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 06:05 UTC 版)
「浄ノ池特有魚類生息地」の記事における「浄の池の概要」の解説
黒田が調査を行った1921年(大正10年)当時の浄の池は、水表面積わずか9坪という極めて小さな池であった。幕末から明治初期頃までは数倍ほど大きな池であったという。それが次第に埋め立てられ徐々に狭められ小さな池になり、池畔は多少手入れが加えられていた。つまり調査時には、池の周囲に岩石が並べ廻らされるなど、元々自然の池だった浄の池は、人手も加わった半人工的な池になっていたのである。池の水は隣接する唐人川と小孔(水門)を介して流出入していた。ただし、この唐人川は川とはいえ1間(約1.8m)幅程度の小さな溝に過ぎず、池の水とは辛うじて繋がっている状態であった。池の水量はほぼ一定しており増減することは少なく、深さはおよそ2尺5寸(約75cm)、池の底より微温湯が湧出しており、水面からは白い湯気が立ち昇っていた。また、朝から午前にかけた時間帯は池の水が澄んでいて、午後になると多少濁ることが常であったという。 水温および水質について黒田は伊東町の薬剤師徳永静馬に調査を依頼し、1921年3月27日に測定された。外気温のまだ低い3月下旬に水温が一定して26°Cであり、池底より常に温泉が湧出していることが示された。徳永は水温以外にも、水質は中性であり、無色透明無味無臭である旨を報告している。 1921年(大正10年)の浄の池計測値 面積 9坪(約29.75平方メートル) 水深 2尺5寸(約75センチメートル) 水温 摂氏26°C 別時期に計測された値として約9年後の1930年(昭和5年)9月に測定されたデータがある。 1930年(昭和5年)の浄の池計測値 面積 15坪(約49.58平方メートル) 水深 記載なし 水温 摂氏26.1°C(4日間の平均値) 色 無色透明 臭味 無臭、微酸味 酸塩基性 中性 硬度 11.3 (軟水) 蒸発残渣(蒸発残留物) 38mg/L 定性分析結果陽イオン ナトリウム-カルシウム-マグネシウム-カリウム 陰イオン クロム-硫酸(痕跡)-珪酸(痕跡) 上記のデータは1930年(昭和5年)9月7日から10日の4日間にかけ、伊東町の薬剤師福本熊治により測定されたものである。池の面積が以前の9坪から15坪へと拡大しているのは、1923年(大正12年)の関東大震災により埋没等の被害を受けた池を、関係者の尽力により再度整備されたことによるものである。また、水温を26.6°C、約28°Cとする資料も複数存在する。
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