東北学院大学講師 - 准教授時代
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「熊谷正朗」の記事における「東北学院大学講師 - 准教授時代」の解説
熊谷は2003年に講師として東北学院大学に着任し、「ロボット開発工学研究室」を主宰する(後、2006年に助教授、2007年に准教授)。熊谷は学生の希望により卒業研究のテーマを決定するスタイルを採用。2004年に配属された学生玉球乗りロボットのアイデアを出し、二輪倒立振子ロボット、パイプ乗りロボットと発展していき、後継学生にも恵まれ玉乗りロボットが開発される。ステッピングモータによるダイレクトドライブであった。 玉乗りロボットで一定の成果が出た2008年頃に、熊谷はニコニコ動画で玉乗りロボットの動画を公開。その後IEEE Spectrum(英語版)にも、学会発表用の動画とともに紹介される。なお、ニコニコ動画ではコメント機能により、玉の摩擦係数を向上について改良案を得ることができ、IEEE Spectrum による公開動画は、数日で50万回の再生を記録した。 2008年には仙台市の地域連携フェローとなり、「基礎からのメカトロニクス講座」や地域企業との連携を担当。2009年から2010年にかけては、カーネギーメロン大学ロボット研究所に客員教授として滞在。熊谷同様に玉乗りロボットを製作していたRalph L. Hollis教授とともに、高出力の球面誘導モータの開発を開始する。熊谷は平面誘導モータを試作した上で球面誘導モータの開発に成功し、特許も出願した。 なお、2011年には東日本大震災を経験。3月11日の本震時は学生とともに大学におり、研究室学生の送り迎えも行った。熊谷自身や家族に大きな被害はなかったが、学生の安否確認などで苦労しており、IEEEや日本ロボット学会の会誌に経験談を記している。また、淺間一がチェアマン、中村仁彦がアンカーマンを務める「対災害ロボティクス・タスクフォース」のメンバーにも加わった。
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