木の根
名字 | 読み方 |
木の根 | きのね |
木の根
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/24 05:47 UTC 版)
木の根 | |
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北緯35度45分40.0秒 東経140度23分33.0秒 / 北緯35.761111度 東経140.392500度 | |
国 |
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都道府県 |
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市町村 |
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地区 | 遠山地区 |
面積 | |
• 合計 | 0.956 km2 |
人口 | |
• 合計 | 2人 |
• 密度 | 2.1人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 | |
市外局番 | 0476[5] |
ナンバープレート | 成田 |
木の根(きのね)は、千葉県成田市の大字。郵便番号は282-0005(成田国際空港内)[3]、286-0105(その他)[4]。
地理
成田市の南東部に位置し、遠山地区に所属する。周辺の古込、香山新田、菱田(山武郡芝山町)、三里塚、天浪と隣接する。
南北に芝山鉄道が縦断するが、駅はない。
東側の一部を除き、区域の大部分が成田国際空港(旧称・新東京国際空港)の敷地内であり、誘導路などの施設が置かれている。
歴史
戦前は宮内庁下総御料牧場の敷地の一部であり、三里塚市街地市民の菜園地もあった[6]。
戦後、小川明治(のち三里塚芝山連合空港反対同盟副委員長)が率いた菱田出身者を中心とした「三里塚第一開拓組合」が入植し、木の根第二の原・木の根第三の原で開拓が行われた(牧場地として残された地区は木の根第一の原となった)[6]。
新東京国際空港建設が決定すると、三里塚闘争(成田空港問題)が発生した。団結小屋も立てられ、木の根団結砦撤去事件も発生している。現在でも木の根ペンションが残り、芝山鉄道線や千葉県道44号(成田小見川鹿島港線)がこの敷地を迂回する形で縦貫している。
空港の工事で縄文時代早期の土器が出土しており、当時としては日本最古とされた三角形状の土偶も発掘されている(当該遺物は県の有形文化財に指定され、現在でも関東地方で一番古いとされる)[7][8][9]。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
地域 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 成田市立三里塚小学校[10] | 成田市立遠山中学校[11] |
施設
交通
道路
鉄道
脚注
- ^ “平成28年版 成田市統計書”. 成田市 (2017年1月16日). 2017年11月12日閲覧。
- ^ “住民基本台帳字別人口”. 成田市 (2017年11月16日). 2017年11月29日閲覧。
- ^ a b “千葉県 成田市 木の根(成田国際空港内)の郵便番号”. 日本郵便. 2025年3月26日閲覧。
- ^ a b “千葉県 成田市 木の根(その他)の郵便番号”. 日本郵便. 2025年3月26日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月29日閲覧。
- ^ a b 福田克彦 (2001). 三里塚アンドソイル. 平原社. pp. 40-42
- ^ “木の根遺跡出土土偶”. 千葉県 (2017年10月27日). 2017年11月19日閲覧。
- ^ 土肥孝 (2015年11月30日). “『土偶について vol.1』”. 国際縄文文学協会. 2017年11月19日閲覧。
- ^ “三角土偶(どぐう)(成田市木の根遺跡出土)”. 千葉県立房総風土記の丘. 2017年11月19日閲覧。
- ^ “成田市立小学校通学区域 一覧”. 2017年11月18日閲覧。
- ^ “成田市立中学校通学区域について”. 2017年11月18日閲覧。
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古込 | 香山新田(山武郡芝山町) | ![]() | |
天浪 | ![]() |
菱田(山武郡芝山町) | ||
![]() ![]() | ||||
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三里塚 |
「木の根」の例文・使い方・用例・文例
- 木の根
- 彼は苗木の根の周りの土を踏み固めた.
- 彼はその木の根でつまずいた.
- 木の根につまずいてころぶ.
- 木の根本に腰を下ろした
- 木の根岩角をよじ登る
- 木の根を枕にして眠った
- 木の根枕に青天井
- 木の根をまわす
- 木の根に土を盛る
- 若い木の根を切って実を生らせる
- この木の根に鼠が巣を食っている
- 木の根枕に寝る
- 木の根を抜く
- 米国西部産で、砂漠、丘陵地帯のそばにある岩場、浜辺などで、低木の根の間や岩の下に穴を掘り潜む
- 彼女は、木の根につまずいた
- ヒースの木の根(ブライアルート)からできたパイプ
- サッサフラスの木の根の皮を乾燥させたもの
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