更新4000形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/17 07:27 UTC 版)
「東京都交通局4000形電車」の記事における「更新4000形」の解説
1949年(昭和24年)から1950年(昭和25年)にかけて、木造の4000形・4100形・4200形の車体更新が行われた。新造された車体の形状は6000形とほぼ同様で、木造の4000形・4100形・4200形の他に王子電気軌道から引き継いだ120形を種車にしている。台車は種車のD-11形を流用したが、一部D-10形に換装された車両もあった。また、日本車輌製造製の4002~4021はウィンドウシルが広幅である。全部で117輌が製造された。 なお、王電120形を種車とした更新4000形は、警笛の音色が他の車輌と異なったと言われる。これは種車となった王電120形のエアーホイッスルをそのまま使用したためで、耳慣れない音色に戸惑う人が多かったとの逸話がある。 車体更新時に不要となった木造車体の16輌分(4000形3輌、4100形9輌、4200形4輌)は1950年(昭和25年)から1953年(昭和28年)にかけて鹿児島市交通局へ譲渡され、同局400形電車(→460形電車)となったほか、戦後の深刻な住宅不足から、江戸川区では都教員の官舎として13棟が1959年(昭和34年)まで利用された。 大久保、巣鴨、柳島を中心に所属し、1968年(昭和43年)6月から廃車が始まった。同年10月に残存する全車両が大久保に集結し、13系統専属で運用された。1970年(昭和45年)3月、大久保車庫廃止とともにすべて廃車となり、形式消滅した。 廃車後は全車両が解体され、現存するものは存在しないが、本形式が装着していたD-11形台車が江戸東京博物館に保存されている。
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