復興と高級住宅地化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 08:07 UTC 版)
「ベッドフォード=スタイベサント」の記事における「復興と高級住宅地化」の解説
1980年代終わりごろから現在まで、地区は復興期を迎えている。この大きな理由の1つは、地区内の犯罪率の低下である。1980年代に6年間続いたクラックの流行(クラックブーム)が終焉を迎えたことも、大きな理由の1つである。徐々に景気が回復し、地区に安定感が備わってきたにもかかわらず、地区には、否定的な烙印が付いてまわった。2005年 3月、「ベッドスタイ流のるかそるか」的なイメージを、より肯定的な「ベッドスタイを誇りに」というような意識へと変えるために、社会的運動が展開され始めた。「ウォールスケイプ(壁の風景)」と銘打った巨大な野外壁画を描くことで、地区が生み出した活動家/詩人のジューン・ジョーダン、活動家のハティ・カーサン、ラッパー/俳優のモス・デフ、俳優/芸人のクリス・ロックなどの著名人たちを住民たちが誇りに思うように働きかけた。 地区が再活性化し、息を吹き返したことで、多くの人々が地区内にある数多くの赤褐色砂岩で飾られた長屋の中から、適当な物件を捜し求めるようになってきた。高級住宅地化していくような流れでは、新たな住民の流入は、貧しい人々を押し出す形で進んでいくであろう。しかし多くの場合、新たにやってくる人々は、空き家や廃屋を修復し再活用してきている。 結果として、地区は人種的/民族的に多様化してきている。白人と共にヒスパニック系の住人が増えてきている。2005年 4月発売の「タイム・アウト・ニューヨーク」は、「ベッドスタイの闘い」という記事の中で、地区に引っ越してきた黒人の数の増加を年代順に追っている。昔からの住民たちや商店経営者たちは、都会派の若手エリートの白人(ヤッピー)や黒人(バッピー)に、法外な金を提示されて締め出されてしまうのではないかと心配している。また地区の民族的伝統の維持を不安視する向きもある。地区内に数多く建っている赤褐色砂岩装飾の見栄えの良さが原因で、地区の高級住宅地が進んでいると考える者もいる。しかしながら、7割の黒人が地区内に留まっている。コブル・ヒル地区のようなブルックリン区の他の地区と比べ、地区内に留まる率が高いのである。地区では、高級住宅地化を食い止める努力がなされている。ただし、高級住宅地化や地区の変化は治安を高め、主要な商店街の小売店の売上を伸ばすという声もある。 2005年 7月、ニューヨーク市警は、地区内にある「フルトン通り-ノーストランド通り」経済地区を「インパクトゾーン」に指定した。これから6か月間、フルトン通りとノーストランド通りの交差点を中心とする地域への警察の巡回と配置を強化した。地区内でインパクトゾーンが始まったので、犯罪率が前年比で15%減少した。2005年12月からさらに6か月間、インパクトゾーンが継続された。
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