幽鬼の塔
幽鬼の塔
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/14 02:08 UTC 版)
『幽鬼の塔』(ゆうきのとう)は、 ジョルジュ・シムノンの小説を江戸川乱歩が翻案した長編探偵小説。
概要
ジョルジュ・シムノンの長編小説である『聖フォリアン寺院の首吊人』を、江戸川乱歩が翻案・脚色・再構成した長編小説。本作は1939年(昭和15年)、新潮社の『日の出』に4月号から翌年3月号まで連載された。
乱歩は「シムノンの『聖フォリアン寺院の首吊人』のセントラル・アイディヤを借りているが、翻案というほど原作に近い筋ではないので、シムノンに断ることはしなかった。このころはもう太平洋戦争が近づいていて、探偵小説の禁圧がひどくなり、これが私の最後の連載ものであった。」と解説している[1]。
あらすじ
河津三郎は、ある日不審な男を見かけ、好奇心にかられて尾行する。男はスーツケースの中から新聞紙に包まれた物を取り出し、スーツケースを橋の上から隅田川へ投げ込み、中身だけを抱えて去って行く。男は鞄屋で新たにバッグを購入し、新聞紙に包まれた物をバッグに入れる。河津は男と同じバッグを購入し、更に男を尾行する。男は旅館に入り、河津も男の隣の部屋に泊まり男の様子を伺う。しばらくして男が部屋を出た隙に、河津は男のバッグと自分の空のバッグとをすり替える。戻って来た男は、中身が失くなっている事に気付き、鞄屋まで遡って中身を探すが当然見つからない。男は工事現場から麻縄を盗み、上野公園にやってくる。男は持っていた10円の札束を燃やした後、公園内の五重塔に入って行き、五重塔の頂上で首を吊って自殺し人間風鈴と化してしまった。
河津は男の荷物を自宅へ持って帰って調べると、木製の滑車、長い麻縄、汚れた画家の仕事着が入っていた。そして画家の仕事着のポケットから、人間の指のミイラが出てきた。仕事着の汚れは血であることが判明する。
翌日、河津は名古屋の友人に、宿帳から判明した亀井正信という人物を調べる事を依頼する。その日の夕方、河津の家に若い女性が訪ねてくる。しかし女性は話をする前に持病で苦しみ出し、河津はこの女性を彼女の家へ送っていく。女性の家に着くと病気は治り、女性は仮病だったという。女性は、昨夜の河津の行動を知っており、自殺した男の持ち物を渡すよう要求する。河津がこれを断って帰ろうとすると、女性は短刀を自分に向けて自殺しようとし、それを止めようとする河津と揉み合いになる。騒ぎを聞き付けた女性の父親が現れて争いを止め、河津に詫びて、河津を送り返す。この父親は進藤健三という名の会社社長で、娘は礼子という名だった。
名古屋の友人から亀井正信に関する調査結果が届き、本名が鶴田正雄ということが判明する。翌日、河津は自殺した男の持ち物を銀行の貸し金庫に預け、鶴田の元妻である近藤八重子に会うべく名古屋へ向う。八重子は、夫の鶴田正雄が7年前に姿を消しており、その切っ掛けとなったのは八重子が鶴田の持ち物の中に麻縄及び滑車等を見つけた事だったと話す。それ以外の事は分からず、東京へ戻る事にする。寝台車で東京へ戻る途中、河津は頬髭に黒眼鏡で変装した進藤健三から、男の持ち物を高額で買い取ると交渉されるが、これを断る。交渉が決裂したため、進藤は列車が鉄橋を渡っているときに、河津を列車の外へ投げ飛ばし、川へと落下する。
川から這い上がった河津は、東京へ戻り進藤家を張り込む。しばらくして進藤は屋敷を出て行き、三田村という人物の家を訪ねる。進藤が三田村の家を出た後、河津は三田村の家に直接乗り込む。しかし河津は三田村に正体を見破られ、更に進藤礼子もその場に現れて、捕まってしまう。そこへ電話が掛かってきて、三田村と礼子は河津を押入れに閉じ込めて、何処かへ出掛けて行く。押入れから脱出した河津は、三田村の乗る車に先回りして乗り込み、シートの隙間に身を隠す。その後、河津が逃げ出した事を知った三田村はある洋館へいく。屋敷の中には、三田村の他に、小説家の青木昌作と政治家の大田黒大造がいた。進藤、青木、大田黒の3人の出身地が静岡県である事に気付いた河津は静岡県へ向かう。
静岡県へやってきた河津は、進藤、青木、大田黒、三田村、鶴田と、もう一人25年前に五重塔で首吊り自殺した杉村の6人が同じ中学校の同窓だった事を知る。近くに青木が所有する、あかずの蔵と呼ばれている土蔵あることを知り、土蔵に向かう。土蔵の中には、少女の石膏像と肖像画があるだけだった。そして気が付くと土蔵の入口には、三田村、青木、大田黒が立ち塞がっていた。3人は河津に今回の「事件」から手を引くよう頼み、過去の事件の真相を語り始める。
登場人物
- 河津三郎
- 28才の素人探偵で、今回の「事件」の謎を追い、解き明かすことに執念を燃やす。原作のジュール・メグレにあたる人物だが、性格は素人探偵を自認するほどの猟奇好きな奇人と全く異なる。
- 島木少年
- 河津の書生で探偵助手。
- 亀井正信
- 上野の五重塔で人間風鈴になった謎の男。この名は偽名で本名は鶴田正雄。
- 近藤八重子
- 鶴田正雄の妻。夫の鶴田は7年前に失踪している。
- 進藤礼子
- 事件捜査中の河津を突然訪ねてきた謎の女性。
- 進藤健三
- 礼子の父親。日本橋の洋品雑貨問屋社長。
- 三田村
- 進藤の友人の洋画家。右手人差し指が欠損しているため、ゴムの指をつけている。
- 青木昌作
- 現代随一の小説家。出身は静岡県。
- 大田黒大造
- 民友党幹事の大物政治家。静岡県選出の代議士。
- 杉村
- 25年前に岩崎を殺害し、それを悔いて五重塔で首吊り自殺した青年。
- 南志津枝
- 杉村の従姉妹。25年前に自殺した。
- 岩崎
- 杉村たちの地元の札付きの不良青年。25年前に殺害され死体を五重塔に吊り下げられた。
収録作品
映像化リスト
テレビドラマ
関連項目
- 江戸川乱歩の、海外の作品からの翻案作品。
- 『白髪鬼』(1931年)はマリー・コレリ作『ヴェンデッタ』を基にした黒岩涙香の翻案小説を江戸川乱歩がさらに翻案。
- 『渦巻』(1929年)はエドガー・アラン・ポー作『メエルシュトレエムに呑まれて』の翻案。乱歩が大渦巻を鳴門の渦に置き換えて書くようゴーストライターに指示したという。平井蒼太または井上勝喜による代作。
- 『緑衣の鬼』(1936年)はイーデン・フィルポッツ作『赤毛のレドメイン家』の翻案。
- 『幽霊塔』(1937年)はアリス・マリエル・ウィリアムソン作『灰色の女』を基にした黒岩涙香の翻案小説を江戸川乱歩がさらに翻案。
- 『鉄仮面』(1938年)はフォルチュネ・デュ・ボアゴベイ作『鉄仮面』を基にした黒岩涙香の翻案小説を江戸川乱歩がさらに小中学生向けにリライト。
- 『三角館の恐怖』(1951年)はロジャー・スカーレット作『エンジェル家の殺人』の翻案。
- 『死美人』(1956年)はフォルチュネ・デュ・ボアゴベイ作『ルコック氏の晩年』を基にした黒岩涙香による翻案小説を現代語に翻訳。
脚注
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