崑崙丸
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崑崙丸(こんろんまる Konron maru)は鉄道省の関釜航路の鉄道連絡船。天山丸型の第2船で、最後に建造された関釜連絡船である。船名は、中国西部の崑崙山脈に因む。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 石渡幸二「薄命に終った最後の関釜連絡船 天山丸・崑崙丸」『世界の艦船』通巻631集(2004年9月号)海人社 P.150-153
- ^ a b c 三菱造船(編)『創業百年の長崎造船所』三菱造船、1957年。 P.562-563
- ^ a b c d e f 野間恒、山田廸生『世界の艦船別冊 日本の客船1 1868~1945』海人社、1991年。ISBN 4-905551-38-2。 P.220
- ^ 「-初めて日の目を見る- 戦火に消えた最後の関釜連絡船「天山丸」「崑崙丸」カラー・スキーム」『世界の艦船』通巻631集(2004年9月号)海人社 P.130-131
- ^ a b 横須賀海軍警備隊「武装商船警戒隊戦闘詳報 第二三九号」防衛省防衛研究所 JACAR Ref.C08030465700 P.9-10
- ^ 関釜連絡船、潜水艦の雷撃を受けて沈没(昭和18年10月8日 毎日新聞(大阪))『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p42 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
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