島の上部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 21:36 UTC 版)
1889年(明治22年)9月15日から点火されている、航路標識の鴎島灯台がある。現在の鴎島灯台は、外側に階段と手すりを追加して展望台としても利用されている。 鴎島灯台と展望台 発光する夜の鴎島灯台(2018年7月撮影)光源内部(フレネルレンズ)の構造が分かる 1932年(昭和7年)に江差追分会本部の会員と賛助会員によって建立された江差追分記念碑がある。 江差追分記念碑(表面) 江差追分記念碑(裏面) 江差追分記念碑・碑記 島の中央部には東屋を兼ねたステージ施設が作られていて、江差かもめ島祭りのイベントなどに使われている。 東屋を兼ねたステージ施設 1615年(元和元年)に建立された厳島神社がある。建立当時は「弁財天社」と名付けられていたが、1868年(明治元年)に現在の名称に改められた。境内には加州(かしゅう、現在の石川県)の船頭たちが寄進した手水鉢が置かれているほか、天保年間に建立の鳥居が波で破損して、後にその一部が海底から引き上げられた鳥居の柱が残されている。 厳島神社・本殿 厳島神社・鳥居 鳥居から厳島神社を望む 厳島神社・手水鉢 厳島神社・海底から引き上げられた鳥居の柱 厳島神社に隣接する島の一角に、江差追分普及に尽力した歌手の「浜田喜一」氏の銅像と、同じく江差追分に尺八伴奏を導入する事で普及に貢献した「小路豊太郎」氏の記念碑が建てられている。 江差追分功労者・浜田喜一像 江差追分功労者・小路豊太郎の記念碑 江差追分功労者・小路豊太郎記念碑の碑記 島の上部北側はキャンプ場として開放されている広場がある。キャンプ場は無料で利用できる。ただし、鴎島は全体が道立自然公園であり、北海道の条例(北海道立自然公園条例)によって火気の使用が制限されているため、地面上で直火を使う行為(炊事・キャンプファイヤー等)や花火が禁止されている。 鴎島キャンプ場 1852年(嘉永5年)に、松前藩が沿岸警備のために設置した砲台の跡が2箇所残されている。島の北側のものが「テカエシ台場跡」、島の南側のものが「キネツカ台場跡」と呼ばれている。 砲台跡「テカエシ台場跡」 砲台跡「キネツカ台場跡」
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