密室殺人への評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/18 10:09 UTC 版)
密室殺人を扱う推理小説には、トリックと、不可能と思われていたことが、実は可能だったと示す解決が必要である。ファンは、その単純かつ強烈な効果やトリックの独創性を堪能し、他方陳腐さや実現困難性、現実性の欠落などを批判する。 密室トリックは目的によって2種類に分けられる。不可能を可能にすることと、可能を不可能に見せかけることである。前者はすでに存在する密閉を突破するトリック、後者は犯人が偽の密閉を生成するトリックと言える。後者は前提に限定が少ない分変化をつけやすく、圧倒的に多い。ジャック・フットレルの「十三号独房の問題」は前者だけで構成されている数少ない作品である。数少ないというのは、犯人は当然捜査陣から具体的な方法を隠す必要があるので、トリックによって可能になっても、不可能に見せかけなければならないからである。 特に長編において、実は自殺、抜け穴、「針と糸の密室」、殺人機械などという解決は批判される。千篇一律の類例、読者の知り得ない技術はアンフェア、気のきいた手掛りを配置し難い、逆に普通に伏線を張れば読者に一目瞭然といった理由である。ただし新たな工夫を加えて高評価を得ることもできる。室外から糸を引けば掛金がかかるようにその糸を張るため、適当な場所に針を打つという「針と糸の密室」を例にとると、糸を室内へ通す空隙にトリックを凝らしたカーの長編や、極端にスケールアップして別物に見える横溝の長編などがある。 独創性については現在までに「ネタが出尽くした」とも言われ、新しいトリックは生み出しにくいとされる。乱歩も『類別トリック集成』(1953)の中で新たな密室トリックを見つける困難にふれている。 意図的な密室の場合まず必要になるのは実行動機である。以下のような理由が、設定された犯人にとっては、密室を作り出す手間や露見のリスクを圧倒しうると読者が納得しなければ、現実的ではなくアンフェアという批判の対象となる。 実行動機が発生時に推測できる場合自殺に偽装 超自然現象に偽装 殺す相手が密室内にいる 密室内の第三者に罪を着せる 実行動機が解決時まで不明な場合方法が判明しなければ立件は不可能 事件発覚、または嫌疑をかけられるまでの時間をかせぐ 自己顕示欲の発露、リスクを問題にしない精神状態 実は事故や自殺だった、殺人者があずかり知らぬ偶然や第三者の工作によって密室殺人と化す、などの作例も多い。 蓋然性の問題は「絵空事で大いに結構。要はその世界の中で楽しめればいいのさ」(綾辻行人『十角館の殺人』)など、娯楽性を優先する見方もある。 作品の評価は読者の知識や嗜好、シリーズ物か否か、長編か短編か、シリアスや戯作仕立てか、作者の筆力などにも左右される。効果が重視される短編においては一か所際立った部分があれば他の部分に筆を惜しんでもある程度は許容され、ユーモアミステリの場合は説得力の薄弱はある程度は大目に見られる。十分な筆力があれば多くの難点をカバーしうる。なお作品の評価は高くても、密室の部分についてはあまり問題にされない作品もある。たとえば島田荘司の『占星術殺人事件』はその一例である。高木彬光の『刺青殺人事件』も、密室トリック自体は平凡なことは作中で神津恭介が言うとおりである。
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