失態と対策、凋落と解散
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/30 21:58 UTC 版)
「サイレンス (ゲーム会社)」の記事における「失態と対策、凋落と解散」の解説
やがて、ジェリーフィッシュの『GREEN 〜秋空のスクリーン〜』やジャム・クリエーションのainosブランド作品など、他社にクオリティ面で肉迫され始めた上、2000年の『VIPER GT1』発売時に引き起こした失態が大きな痛手となり、ユーザーからの信頼を完全に失ったサイレンスの景気は下降線へと転じる。ソニアショールームは中野の古本屋街への移転、ユーザーからの苦情やそれに乗じた悪戯が絶えなくなったソニアの公式掲示板はそれぞれ閉鎖へと追い込まれた上、現場スタッフの離反者も増加して他社での仕事が目立ち始め、購入ユーザーの客離れもより加速していく。 そんな中、2002年には『VIPER』シリーズ初のRPG『VIPER -RSR-』を発売したが、桂枝毛によるヒロイン達こそ好評だったものの、コンピュータRPGとしての出来の悪さや前述のシナリオ嗜好が災いして、状況を好転させることは叶わなかった。更にはホビボックスを通じての海外販路拡大、中村のプロレス好きが高じて成った大阪プロレスとの提携強調、有名な女性コスプレイヤーを起用しての広報強化、中村の師匠に当たる大張正己を通じて補充した新たな現場スタッフによる旧『VIPER』シリーズのリメイクと『VIPER -GTS-』のアダルトアニメ化、旧版を含めた『VIPER』シリーズ全作のダウンロード販売開始、開発における外注への依存率拡大、経営難に陥ったソニアショールームの閉店など様々な対策を講じるが、失った信頼を取り戻すことも作品のクオリティ低下を止めることもできないまま、凋落の一途を辿っていった。 こうして、2003年にはサーバ移転と称して公式サイトの更新を休止。ユーザーはおろかホビボックスにすら何の告知も行わないまま、秘密裏に会社を清算して夜逃げ同然の解散を迎えたのである。
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