国鉄岡山操車場跡地の再開発とは? わかりやすく解説

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国鉄岡山操車場跡地の再開発

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/20 10:24 UTC 版)

岡山ドーム」の記事における「国鉄岡山操車場跡地の再開発」の解説

国鉄岡山操車場1921年10月1日開業し陰陽連絡および四国連絡輸送玄関口として山陽本線伯備線宇野線発着する貨物列車組成行っていたが、1984年2月1日操車場機能停止した1987年国鉄分割民営化にともない一部残して用地大半日本国有鉄道清算事業団移管された。1990年には操車場用地の南に隣接していたJR貨物西岡山駅が「着発線荷役方式導入のため岡山操車場内に移転し西岡山駅旧駅跡地国鉄清算事業団用地となった一方岡山市1986年市制施行100周年目玉事業としてチボリ公園岡山操車場跡地誘致する構想発表し1990年西岡山駅旧駅構内を含む国鉄清算事業団用地特殊公園の「岡山チボリ公園」(面積15.4ヘクタール)とし、その東側(同3ヘクタール)を駐車場用地とする都市計画決定行った1991年岡山市チボリ公園計画から撤退したが、岡山市土地開発公社1994年特殊公園区域を含む国鉄清算事業団用地面積20.5ヘクタール)を182億円で購入その後2004年にかけて周辺用地3.2ヘクタール購入した岡山市岡山操車場跡地の利用方法として、用地中央位置する特殊公園区域に「カヌー公園」や3万人収容サッカー場建設する計画相次いで立てたもののいずれも頓挫その後特殊公園区域を「岡山操車場跡地公園」として岡山市公園協会管理委託し公園東地区(面積約8ヘクタール)にアクションスポーツパーク岡山2001年)と岡山ドーム2003年)を建設した公園区以外の用地について2005年隣接する山本線JR西日本北長瀬駅開業し駅の南口設けられたが、公園西地区を含む残る約12ヘクタール利活用のめどは立っていない。岡山市2010年公園区域外西ブロックを「総合福祉拠点」として医療・福祉施設を置き、東ブロックを「生活拠点」として居住地域とする基本方針をまとめ、このうち西ブロック一部1.8ヘクタール)については、仮称岡山総合医療センター(現・岡山市立市民病院)」の用地とする考え明らかにした。

※この「国鉄岡山操車場跡地の再開発」の解説は、「岡山ドーム」の解説の一部です。
「国鉄岡山操車場跡地の再開発」を含む「岡山ドーム」の記事については、「岡山ドーム」の概要を参照ください。

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