南八甲田・旧道とは? わかりやすく解説

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南八甲田・旧道(旧県道)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/02 08:09 UTC 版)

八甲田山」の記事における「南八甲田・旧道(旧県道)」の解説

猿倉温泉から南八甲田貫き御鼻部山にいたる27kmの山道登山家には軍用道路として作られたと伝わっている話もあるが、昭和9年から昭和11年までに青森県議会議員小笠原八十美青森県冷害による貧民救済としてとして造らせた自動車道である。南八甲田登山メインルートとして多く登山者利用されている。 猿倉温泉から黄瀬萢の間は健脚向き歩道状態が確保されているが、長年植物遷移洗掘進んで歩行困難箇所もある黄瀬萢から御鼻部山に向かうルートは、多くがやぶに覆われ、山慣れた人でないと容易に歩けない状態になっている多額の費用掛けて造られ自動車道だったが、中道等の『十和田村史』では「この道には車が一台も通らなかった」とある。矢櫃から次郎清水の間には現在でも大きな石が沢山放置されており、昭和初期記録でもこのため自動車通行は困難であろうとする記述がある。 ルート猿倉温泉 - 猿倉神社跡 - 望甲台 - 矢櫃萢 - 矢櫃 - 見返り峠 - 次郎清水(水場) - 一の沢分岐(乗鞍岳への登山道との分岐) - 地獄峠 - 黄瀬沼への分岐 - 崩落した2つ - 駒ヶ峰分岐 - 黄瀬萢(櫛ヶ峯分岐) - 松森ヘアピンカーブ - 枯木沼 - 大谷地 - 前谷地 - 袖ヶ谷地 - 御鼻部山 である。 櫛ヶ峯分岐からは南八甲田櫛ヶ峯への登山道分岐している。この登山道ヤブ洗掘が多い。 望甲台は矢櫃手前にあり西北視界が展けている場所。登り初めてから初め視界広がる場所であった。現在は草木繁茂して視界限られている。見返り峠も東に視界広がっている場所であったが、同様に現在は視界限られている。 矢櫃造られ当時コンクリートであったが、1999年崩壊2004年に木の作り替えられた。 矢櫃がある場所から、矢櫃川下流方向200300m地点矢櫃萢の傍らに、三本木営林署 (現・三八上北森林管理署)が建設した矢櫃ヒュッテ」が戦前まであり、八甲田ツアースキー利用されていた。戦前は「矢櫃ヒュッテ」の絵はがき売り出されるほどだったが、猿倉温泉建物同様に戦後直ぐの時代には崩壊していた。 地獄峠は乗鞍岳と駒ヶ峰の中間鞍部にある標高1270mのなだらかな峠である。 黄瀬萢から大谷地までは、この旧道は非常に深いヤブになっており、わずかに見え踏み跡をやっとたどることになる。

※この「南八甲田・旧道(旧県道)」の解説は、「八甲田山」の解説の一部です。
「南八甲田・旧道(旧県道)」を含む「八甲田山」の記事については、「八甲田山」の概要を参照ください。

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