保安庁警備隊・海上自衛隊時代とは? わかりやすく解説

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保安庁警備隊・海上自衛隊時代

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/23 05:47 UTC 版)

桑栄丸」の記事における「保安庁警備隊・海上自衛隊時代」の解説

1952年昭和27年8月1日保安庁警備隊発足海上保安庁航路啓開本部および各航路啓開部は保安庁移管掃海船艇も桑栄丸以下53隻が移管された。同年11月1日、呉航路啓開部に編入された。桑栄丸戦後日東商船より用船し、試航船として使用してきたが、昭和28年初頭日東商船本船用船契約解除しタイ売却する意向示してきた。しかし、警備隊唯一の大型試航船の桑栄丸を失うと試航任務重大な支障を来すこととなるため、保安庁警備隊では日東商船交渉し1953年昭和28年3月2日本船8000万円購入した同年9月16日警備隊組織改編により航路啓開隊が廃止となり、呉地基地隊に編入された。1954年昭和29年7月1日防衛庁設置され海上自衛隊発足し同日付で艦種類別改正され掃海艦類別設けられたため桑栄丸掃海艦分類された。同年10月1日長官直轄部隊第1掃海隊群が新編され、桑栄丸直轄艦として編入され試航任務のみならず掃海母艦としての任務にも従事した同年12月1日艦名を「桑栄」と改めた1957年昭和32年9月1日訓令により自衛艦艦種記号および番号付与されることとなり、掃海艦にはGPGuinea Pig の意)が付与された。しかし、番号掃海艦桑栄かいなかったため付与されなかった。同年10月2日東京湾羽田沖で実施され海上自衛隊初の観艦式には観閲部隊観閲付属艦として参加した。なお、これが桑栄にとって最初にして最後観艦式参加であった1960年昭和35年10月1日海上自衛隊艦船類別区分改正され桑栄にも艦番号441付与された。1961年昭和36年9月1日第2掃海隊群が新編され桑栄直轄艦として編入掃海母艦としての支援任務のほか、輸送任務潮流観測任務にも従事した。しかし、戦時急造船だったため、建造18年経過する船体機関老朽化著しいため、1963年昭和38年3月1日呉地方隊編入。同31日自衛艦籍から除籍され波乱満ちた18年生涯閉じた海上自衛隊艦船では珍しく除籍まで漢字名のままであった

※この「保安庁警備隊・海上自衛隊時代」の解説は、「桑栄丸」の解説の一部です。
「保安庁警備隊・海上自衛隊時代」を含む「桑栄丸」の記事については、「桑栄丸」の概要を参照ください。

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