マーティアルの教義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/04/26 06:05 UTC 版)
ドゥ・オステ・オワグーラ・クレ・ヤシディーロ (武は万物の調和なり。戦いこそ平和なり) グラッツィ・ミト・モメンダーリ (万物は戦いより生まれいで、生成し変転せり) ル・マルテ・オワリュート・アケ・ナラディーロ (戦いなくして変化なく、戦いなくして進歩なく、人は獣に留まるなり) グラツィ・ミル・モメンダーリ (獣を人に育むは戦いなり) イル・メルキババ・ウム・モウリ・ケセラン (人を神に至らしめるもまた) イスト・エスト・ザル・ベオグラーテン・モル (されば万物の原理は戦いにあらん) メルト・ハメン・ゾウ・ブックデーテン・ボン (闘争は調和の母にして、愛と平和と進歩を産む宇宙の原理にして神聖なり) メローシィアン・ロマーナン・ベネーマン・メルト・フィアッタ (神への道を探らん) シオーネ・ザル・パリメーラ (我がマーティアルをして神に至らん) 闘争原理(競争原理)の称揚をうたっており、闘争によって生命も人間も進歩し、理想的な存在=神に近づくことができるとされている。そして、その天国の扉を開く「鍵」は、マーティアルにおいて十字架やロザリオに相当し、組織を象徴する意匠(イコン)になっている。しかしながら、『装甲騎兵ボトムズ』劇中の時代では、牧歌的切磋琢磨の美風などは既に失われて久しく、第712代法王をして「ここに信仰など無いぞ」と自嘲せしめるような状態に至っていた。アストラギウス銀河では果てしのない戦乱と殺戮が、マーティアル組織内でもまた、権力争いのための冷酷卑劣な権謀術数が横行している。 このように、マーティアルの教義は銀河各地の軍上層部に浸透し、「力こそ全て」という考えと、それによって様々な戦功を挙げた者を神に近き者と賞揚し、僧官や、聖者の称号を与えた。これによってマーティアルは更に権威を拡大し、ギルガメスであろうと、バララントであろうと、多大な戦功を挙げた者はマーティアルでも階級が上がり、将官クラスともなると、退役後には枢機卿の地位も取れるという事実を露呈するに至った。 こうした事実が銀河各地での抗争を拡大させてゆき、それがまた疲弊していく中においても、将兵はマーティアル教義にすがり、戦争という負の連鎖が拡大していったが、宗教を聖戦と成すことでその規模は拡大し、同時に組織の繁栄をも巧妙に現実化させてきた過程が、マーティアルの歴史である。 マーティアルはよく宗教組織と誤解されるが、戦争により荒廃した人心を掌握し、意のままにする卓抜した手腕と、それを宗教的に昇華することで得た巧妙な政治力こそ、聖地アレギウムの繁栄の根幹に繋がっている。 こういった無限とも続くような戦乱と、それによって続く破壊と殺戮の中、救いを求める人々の信仰心とが、アレギウムの権威を絶対のものとしていた。
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