ボールパーク構想
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 13:30 UTC 版)
「神戸総合運動公園野球場」の記事における「ボールパーク構想」の解説
オリックスの本拠地となった1991年以降、他のプロ野球本拠地球場に先駆けて、メジャーリーグ風の演出や球場設計を行った球場として知られる。 1991年には日本のプロスポーツ界で初めて、ウグイス嬢ではなくスタジアムDJを導入。初代はDJ KIMURAが担当し、オリックス球団職員だった大前一樹と共に「スタジアムDJ」のスタイルを作り上げた。 1999年から球場長をはじめオリックス球団関係者が何度もアメリカの球場を視察し、メジャーの球場を手本にした「ボールパーク構想」を打ち出した。この取り組みは後に高く評価され、日本の球場設計や野球ファンの意識にも大きな影響を与えることになった。まず、2000年(平成12年)に第1弾の改装が行なわれ、アメリカの球場のように内野にも天然芝が張られた。また、スタンドの分煙化と「ホームランイリュージョン」と称した演出を開始。これは、ブルーウェーブの選手がホームランを放つとバックスクリーンから炎が立ち上る演出である。さらに2001年、スコアボード左側をフリーボードに変更し、内野1階席の椅子を外野席と同じ深緑色に統一。内野の金網フェンスの高さを1m80cmから80cmに変更し、ファンにグラブ持参を呼びかけるキャンペーンを実施した。 2002年には、球場の管理運営権が神戸市からオリックス球団に委譲された。球場内の売店をリニューアルし、アメリカ直輸入のホットドッグ、イタリアや中国料理の専門店などがオープンした。 2003年には、最大規模となる総工費約3億3000万円をかけた改装が行われ、内野の黒土部分とファウルゾーンの人工芝部分が全てアンツーカーをベースにした赤土で統一された。内野2階席の椅子を外野席・内野1階席と同じ深緑色に統一。外野スタンドの金網フェンスも2m15cmから1m40cmに引き下げた。また、日本の野球場としては初めての試みとして、約600席のフィールドシートを元々ブルペンがあったダッグアウトの隣に設置した。危険防止のため、可動式の透明アクリルカバーが全席に設けられている。このカバーは、当初取り付け予定にはなかったが、球場内で起きた事故は球団の責任となるため急遽設置された。フィールドシート設置にあたって、球団職員の田中浩一が設計・施工に参加した。「フィールドシート」の命名も彼により考えられ、現在は他球場でも使用されている。この改修によりファウルグラウンドは縮小され、ブルペンはファウルポール際に移設された。
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