クレーマー・世界速度記録賞の争い
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 03:27 UTC 版)
「人力飛行機」の記事における「クレーマー・世界速度記録賞の争い」の解説
1983年に人力飛行機の速度を競うという新しいクレーマー賞、クレーマー・世界速度記録賞が設定された。これは外周1500mの三角形の周りを飛行し、その速度を競う競技であり、飛行時間が3分を下回ることが賞金獲得の条件とされた。最初の成功以降は記録を5%更新することに賞金が贈られた。この競技では現在のFAIスポーツ規定外となる飛行前のエネルギー蓄積が許されており、実際に受賞した機体の半数はエネルギー蓄積装置を搭載していた。また日本大学の内藤研究室においてもクレーマー・世界速度記録賞への挑戦機としてスイフトシリーズが3機開発されたが、これら機体にもゴムを用いたエネルギー蓄積装置が搭載されていた。クレーマー・速度記録賞は1984年から1985年にかけて初達成と記録更新が相次ぎ、十分な記録に達したため予算の増額は見送られて1986年に打ち切られた。最初の達成は1984年4月MITのチームが開発したモナークBでエネルギー蓄積装置を搭載していた。7月にはポール・マクレディのチームが開発したエネルギー蓄積装置搭載機であるバイオニック・バットが記録を更新し、クレーマー・世界速度記録賞2度目の受賞となった。8月には前述のアメリカ人以外を対象としたクレーマー・8の字飛行賞を獲得したマスキュレアーが記録を更新し、クレーマー・世界速度記録賞3度目の受賞となった。マスキュレアーはエネルギー蓄積装置を搭載しておらず、モナークBやバイオニック・バットのおよそ2/3の出力で記録更新に成功した。12月には再びバイオニックバットが速度記録を更新して、クレーマー・世界速度記録賞4度目の受賞となった。 1985年になってグンター・ローヘルトはマスキュレアーを交通事故により失い、これを契機に純粋な速度記録機としてマスキュレアー2の開発に着手した。そして10月2日に1500mのコースを2分2秒で飛行、現在のFAI公認周回路速度記録でもある44.32km/hを樹立し、記録更新によるクレーマー・世界速度記録賞を獲得した。これがクレーマー・世界速度記録賞、最後の獲得となる。当初3分に設定されたクレーマー・世界速度記録賞の目標タイムがおよそ1年半の間に2/3まで短縮されたことになる。マスキュレアー2は前身であるマスキュレアー同様、エネルギー蓄積装置を搭載しない機体であり、その優れた空力設計は後述するダイダロスと共に後の人力飛行機に大きな影響を与えた。
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