アメリカ軍の出動とは? わかりやすく解説

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アメリカ軍の出動

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 03:39 UTC 版)

朝鮮戦争」の記事における「アメリカ軍の出動」の解説

マッカーサー6月29日東京羽田空港より専用機のC-54「バターン号」で水原入り自動車前線視察したが、敗走する韓国軍兵士負傷者ひしめいていた。マッカーサー70歳超えていたが、自ら戦場歩き回ったマッカーサー派兵韓国軍約束しその日午後5時に本拠としていた東京へ戻った。なおマッカーサーその後韓国内にその拠点を置くことはなく、東京拠点専用機戦線出向き日帰りとんぼ返りするという指揮方式取り続けた。 マッカーサー本国陸軍参謀総長在日米軍4個師団の内、2個師団投入するように進言したが、大統領の承認得ていなかった。さらにマッカーサーは、本国からの回答が届く前にB-29大型爆撃機日本基地から発進させ、北朝鮮占領した金浦空港空襲した。トルーマンマッカーサーに、1個師団のみ派兵許可した。 この時、アメリカ陸軍の総兵力592000人だったが、これは第二次世界大戦参戦時の1941年12月半分に過ぎなかった。第二次世界大戦参戦した兵士はほとんど帰国退役し新たに徴兵され多く兵士実戦経験していなかった。 一方韓国軍は、7月3日蔡秉徳日本陸士49期卒・元日陸軍少佐)が参謀総長解任され丁一権奉天軍官学校5期卒、日本陸士55期相当・元満州国軍大尉)が新たに参謀総長となり、混乱した軍の建て直し当たっていた。派遣されアメリカ軍先遣隊7月4日北朝鮮軍交戦開始したが、7月5日には敗北した烏山の戦い)。

※この「アメリカ軍の出動」の解説は、「朝鮮戦争」の解説の一部です。
「アメリカ軍の出動」を含む「朝鮮戦争」の記事については、「朝鮮戦争」の概要を参照ください。

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