アジェンデ政権
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/31 16:57 UTC 版)
1970年の大統領選挙により、人民連合のアジェンデ大統領を首班とする社会主義政権が誕生した。これは世界初の民主的選挙によって成立した社会主義政権であった。アジェンデは帝国主義による従属からの独立と、自主外交を掲げた。第三世界との外交関係の多様化、キューバ革命以来断絶していたキューバとの国交回復、同時期にペルー革命を進めていたペルーのベラスコ政権との友好関係確立などに始まり、鉱山や外国企業の国有化、急進的すぎ営農技術が不十分な小作人にいきなり農地を譲り渡した。乱暴とも言える封建的大土地所有制の解体などを行い、任期中に小麦生産高を3分の一まで減らした。更に、自由に購入できた牛肉が、金曜日、土曜日のみの販売となり、政権末期には牛肉供給がほとんどできない状況に陥った。ポプリスモ的な経済政策は外貨を使い果たしてハイパーインフレを招き、市場の物資不足からとりわけ中産階級の国民から反感を買った。トラック輸送は零細事業者による自営が中心であったところ、公団化を推進、多くのトラック所有者が反発し、ストライキを行った。そのストライキをアメリカ合衆国が支援した。西半球に第二のキューバが生まれることを恐れていたアメリカ合衆国はCIAを使って右翼にスト、デモを引き起こさせるなどの工作をすると(en)チリ経済は大混乱に陥り、物資不足から政権への信頼が揺らぐようになった。さらに、極左派はアジェンデを見限って工場の占拠などの実力行使に出るようになった。
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