アオリスト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/12 02:30 UTC 版)
アオリスト(英: Aorist)とは文法上のアスペクトの一種で、古代ギリシア語: ἀόριστος (aóristos)「境界のない、範囲が不確定の」に由来する。狭義にはギリシア語をはじめとするインド・ヨーロッパ語族の時制のひとつである。ただしアオリストという用語はときに他の言語、例えばトルコ語などにおける上記とは無関係の概念を表すのに使われる場合もある[1]。
概要
動作が継続的であったり反復されることを表す未完了相や、また動作が生じさせた結果に注意を向けさせる完了相とは対照的に、アオリスト相は動作が単純で列挙的、瞬間的であることを示す[2][3]。
直説法においてはアオリストは過去の動作について総括的にまた完結した出来事として述べる。また現在の普遍的な陳述を表すためにも使われることがある(格言的アオリスト)。この場合は時制としてではなく「相としてのアオリスト」ということができる。直説法以外の他の法(接続法、希求法、命令法、不定法、さらに分詞)では、アオリストは単にアスペクトの面を表している。直説法以外では時間の意味は消え、他のアスペクトと純粋に相補的な働きをする。
アスペクトとしての例は「マタイによる福音書」 6:11の主の祈りに使われている。「今日われわれにパンを与えてください」(δὸς (dòs)、「与える」の命令法アオリスト)。これとは対照的にルカ伝 11:3では「与えてください」は命令法現在のδίδου (dídou)が使われている。この命令法現在は現在形の持つ未完了の動作というアスペクト面、すなわち動作の継続という意味で「日々われわれにパンを与えてください」ということを示している。
インド・ヨーロッパ祖語では本来アオリストは動詞の活用パラダイム上のアスペクトのひとつとして発生したが、後にはサンスクリットに見られるようなテンスとアスペクトが組み合わされたものに発展した。多くのインド・ヨーロッパ語は独立した区分としてのアオリストを失った。例えばラテン語ではアオリストは完了形と同化した[4]。
形態論
ギリシア語やサンスクリットではアオリストを表示する形態上の特徴がいくつかある。その中でもとりわけ以下の3項目が重要である。
形態上の要素 | 解説 |
---|---|
挿入 | 語根と人称語尾との間に-s-を挿入する。古典ギリシア語文法では第1アオリスト、弱変化型アオリストまたはシグマ(σ)のアオリストなどと呼ばれる。
|
母音交替 | 語根の母音を交替する。次に掲げる「畳音」とあわせて第2アオリストまたは強変化型アオリストという。
|
畳音 | 語根の始めの子音を母音eを挟んで繰り返す。ただし、ギリシア語の動詞体系ではむしろ完了相に特徴的な形態であり、アオリストでこれを行なう動詞は多くない。一方でサンスクリットにはアオリストに畳音を持つ動詞は多い。
|
脚注
- ^ http://www.practicalturkish.com/turkish-verbal-factoids.html
- ^ 田中美知太郎・松平千秋 (2005). ギリシア語入門 改訂版. 岩波書店. p. 36
- ^ Frank Beetham (2007). Learning Greek with Plato. Bristol Phoenix Press. p. 362
- ^ L. R. Palmer (1988). The Latin Language. University of Oklahoma Press. p. 8
この記事にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed. (1911). “Aorist”. Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 2 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 158.
関連項目
外部リンク
アオリスト
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/01 08:22 UTC 版)
「古代ギリシア語の動詞」の記事における「アオリスト」の解説
アオリスト時制(aorist tense)は過去における完結した行為を表す。ギリシア語でἀόριστος(aóristos、「定められていない」、"unbounded" "indefinite")と呼ぶ。 κατέβην χθὲς εἰς Πειραιᾶ. katébēn khthès eis Peiraiâ. 「私は昨日、ピレウスへと降りていった」 ("I went down yesterday to Piraeus") 同一の文中で現在時制や未完了時制と混在して用いられることもある。 ἧκεν ἐκείνη καὶ τὴν θύρᾱν ἀνέῳξεν. hêken ekeínē kaì tḕn thúrān anéōixen. 「彼女は帰宅し(未完了過去)、ドアを開けた(アオリスト)」 ("She came back (imperfect) and opened (aorist) the door") ἐφύλαττεν ἕως ἐξηῦρεν ὅ τι εἴη τὸ αἴτιον. ephúlatten héōs exēûren hó ti eíē tò aítion. 「原因が何かを見出す(アオリスト)まで、彼女は注意を払っていた(未完了過去)」 ("She kept watch (imperfect) until she found out (aorist) what the cause was") ἐπεί(epeí、「~するとき」、"when")のような接続詞の後では、アオリストは英語の過去完了と同じ意味(過去にある時点において、それ以前に行われていた行為)になる。次の2番目の例文は関係節の例を示している。 ἐπεὶ δ’ ἐδείπνησαν, ἐξῆγε τὸ στράτευμα. epeì d’ edeípnēsan, exêge tò stráteuma. 「彼らが食事を終えると、彼は軍を率いて出ていった」 ("When they had dined, he led the army out") ἐκέλευσέ με τὴν ἐπιστολὴν ἣν ἔγραψα δοῦναι. ekéleusé me tḕn epistolḕn hḕn égrapsa doûnai. 「私が書いた手紙を渡すよう、彼は私に命じた」 ("He ordered me to give him the letter which I had written") 小辞のἄν(án)(英語のwouldに相当)を付けて、過去における非現実の行為や事象を表す。 οὐκ ἂν ἐποίησεν ταῦτα, εἰ μὴ ἐγὼ αὐτὸν ἐκέλευσα. ouk àn epoíēsen taûta, ei mḕ egṑ autòn ekéleusa. 「私が命じていなければ、彼はこれをしていなかっただろう」 ("He would not have done this, if I had not ordered him")
※この「アオリスト」の解説は、「古代ギリシア語の動詞」の解説の一部です。
「アオリスト」を含む「古代ギリシア語の動詞」の記事については、「古代ギリシア語の動詞」の概要を参照ください。
「アオリスト」の例文・使い方・用例・文例
- アオリストに関するまたはそれの
- アオリストのページへのリンク