ゆりかごは揺れる
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/21 05:05 UTC 版)
ジョン・ハウスマンがプロデューサーとなり、劇作家マーク・ブリッツスタインが脚本・作曲を行い、22歳のオーソン・ウェルズが演出したこのミュージカルは、ブレヒト流のアレゴリーで企業の腐敗や貪欲、労働者の団結を謳ったものだった。 これは「アメリカ合衆国、スチールタウン」を舞台に、貪欲な企業家ミスター氏に対して主人公ラリー・フォアマンが町民や労働者を団結させ闘いに向かう、というストーリーであった。ブリッツスタインは社会のさまざまな人物を劇中に登場させた。外見上は上品で博愛に満ちながら実は堕落しているミスター夫人、売れない芸術家、貧しい商店主、移民の一家、信仰のない牧師、愛らしい娼婦でヒロインのモルなどである。当時のポピュラー音楽のスタイルを大幅に取り入れてはいるが、劇はせりふのほとんどが歌となっており、曲の中にはオペラのようなクオリティのものもあった。 本来はニューヨークのマキシーヌ・エリオット(Maxine Elliott)劇場において、念入りなセットとフルオーケストラで上演されるはずであったが、FTP内部の「予算削減」のため急遽制作中止となり、俳優組合も所属する役者に対しこの劇のために舞台に立つことを禁じた。ただし制作中止になった実際の原因は、このミュージカルを共産主義的で反アメリカ的・労働組合寄りと見た政府による検閲によるものだと考えられている。 ウェルズ、ハウスマン、ブリッツスタインはとっさに近くのヴェニス劇場とピアノ一台を借り、ブリッツスタインが満員の観客に向かって、一人でせりふと楽曲の全パートを歌いながらピアノを弾くことになった。最初の曲が始まってすぐ、ブリッツスタインは観客の一人が立ち上がり、自分のピアノに合わせて急に歌いだしたことに気付いた。この観客は本来ヒロインのモルを演じるはずだった役者であった。彼女は俳優組合から「舞台に立つ」ことを禁じられていたため、観客席で演技を始めたのであった。続けて本来の役者たちが次々と観客席から立ち上がりブリッツスタインのピアノに合わせて歌い出し、上演終了までの間すべての曲が観客席から演じられた。 この上演を見た詩人アーチボルト・マクリーシュなどを含む観客たちは、これを今までの中で最も心動かされる演劇体験だと感じた。実際はウェルズやハウスマンらが、組合規定を逆手にとって俳優を場内のあちこちにあらかじめ座らせていた演出だったようではあるが、この公演は成功をおさめた。今日このミュージカルが演じられる場合でも大規模なセットやオーケストラはほとんど使われることがなく、この事件へのオマージュのために簡単なセットとピアノだけで演じられることが多い。 この制作の成功によりハウスマンとウェルズは劇団「マーキュリー劇場」を立ち上げさまざまな実験的公演を行った。マーキュリー劇場はラジオにも進出し、1938年には『宇宙戦争』を放送した。
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