「太平洋戦争」の呼称に関する論争等
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 00:44 UTC 版)
「太平洋戦争」の記事における「「太平洋戦争」の呼称に関する論争等」の解説
主にアメリカや戦後のマスコミにより広められたため、民間でも「太平洋戦争」呼称が定着したが、それ以外の戦争呼称についても歴史学、歴史認識問題などで議論が多数なされた。 たとえば林房雄は薩英戦争や馬関戦争、ペリー来航以来の西欧列強のアジア侵略に対抗して日本がアジア解放を目的とした「大東亜百年戦争」の集大成として「大東亜戦争」をみなし、そのほか、十五年戦争、アジア・太平洋戦争、昭和戦争などの呼称が提唱された。アメリカの歴史家ジョン・ステファンは呼称として第二次世界大戦は広範囲で、「太平洋戦争」は「あまりに狭すぎる」ので不適切であり「大東亜戦争」という呼称が「日本がインド洋や太平洋、東アジアおよび東南アジアで繰り広げようとした戦争を最も正確に表現している」と指摘している。 またイギリスの歴史家C・ソーンはアメリカはイギリスとの関係から対日戦争に至った経緯から「太平洋戦争」は不適切で、極東戦争を提唱したが、ソーンの他A・J・P・テイラーらは日本がアジアでの英国勢力を駆逐するために開戦し、結果としてイギリスは植民地を失い「敗北」したことを考えれば「大東亜戦争」呼称は妥当とした。ジョン・プリチャードらは「十五年戦争」は曖昧で「極東戦争」は地理的にヨーロッパ中心主義、「War with Japan(対日戦争)」も一方的なので「大東亜・太平洋戦争」という呼称を提案した。 戦争の期間はマレー作戦開始および開戦の詔が出された1941年12月8日から大日本帝国政府が降伏文書に調印した1945年9月2日」とするのが一般的であるが、様々な戦争呼称によって起点は異なる。中華民国および中華人民共和国では「抗日戦争」として8年間ないし満州事変(柳条湖事件)以降の14年間とされる。「十五年戦争」も参照。また小中学校等の教科書では太平洋以外にもアジア地域で戦ったことから「アジア・太平洋戦争」と明記されている教科書もある。
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