起源と語源
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「Taoiseach」および「Tánaiste( 英語発音: [ˈtɔːnɪʃtə]、副首相)」という言葉は中世ゲール語に由来しており、古代から存在していたティーショク(タニストリー)という言葉は単に指導者を意味する。アイルランド憲法では、「政府の長」として定義されている。1937年にこの称号を導入したエイモン・デ・ヴァレラはファシストでも独裁者でもなかったが、「指導者」という意味は、総統(ヒトラー)、ドゥーチェ(ムッソリーニ)、カウディーリョ(フランコ)といった当時の独裁者の称号に似たものにしたのではないかと指摘されることもあった。歴史家の中には古代アイルランドにおいてティーショクは小王を指しており、「Tánaiste」 は王が何らかの事情により存在しない王国における摂政であったと主張する者もいる。スコットランド・ゲール語では、「tòiseach」は一族の長と訳され、元々はスコットランドとアイルランドのゲール語で似たような意味を持っていた。ウェールズ語にも似たような言葉「Tywysog([təˈwəsɔg])」が存在する。 「Taoiseach」の複数形は「taoisigh」。アイルランド語の「An Taoiseach」が英語の「The Taoiseach」に代わって使用されることもあるが、英語版のアイルランド憲法では、「The Taoiseach」と示されている。
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起源と語源
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バルチ料理は、まず1980年代からバーミンガムで広まった後、1990年代にイギリス全土に知られるようになった。「バルチ」という名については北パキスタンの民族名であるバルチ人と関係があると考える人々もいる。また、別の説では、調理に用いる鉄鍋を「バルチ」と呼ぶのだという。いずれにせよこの言葉の語源は、ウルドゥ語やヒンディ語の「バルティ balty」と何らかの関係がある。19世紀末のインド英語の俗語語彙集『Hobson-Jobson』には、Balty, s. Hin. balti, which means "bucket." This is the Port. balde.(Balty、単数形ではbalti、バケツの意とある。ポルトガル語のbaldeと同じ)つまり、鋼か鉄製の鍋で、食品を調理したり給仕するもの指す「バルチ」は、ポルトガル語でバケツないし手桶を意味するbaldeに由来する、balti から派生したものであり、元々は15世紀後半に大航海を展開したポルトガル人がインドに持ち込んだ言葉だった。原義はバケツだったものが、やがて調理鍋を意味するように変化したのである。 一方、イギリスのパット・チャップマン(英語版)によれば、「バルチ」という言葉の起源は、パキスタン北部のバルティスターンに由来するものであり、当地では中華鍋に似た鋳鉄の鍋で調理をするのだという(バルティスターンは中国と国境を接している)。著書『Curry Club Balti Curry Cookbook』の中で、チャップマンは「バルチ鍋は底が丸く、中華鍋のような、重たい鋳鉄の器で把手が2つ付いている」と説明している。また、別の箇所ではの「バルチ料理の起源は広く様々なものに求められ、中国(香辛料の利いた四川料理に通じるところがある)、チベット、さらにカシミールの都市ミルプール(英語版)古来の伝統や、モンゴル帝国の宮廷料理、香り高いカシミールの香辛料、山岳地帯の高地の「冬の食品」などに至る」とも述べている。 テレビの料理番組でも知られるロイド・グロスマン(英語版)は、工場生産される様々なイギリス製のカレー・ソースを、自身の名を冠したブランドで市場に提供しているが、その瓶詰めの説明書きには、「バルチ」とは「ホイールカバー」を意味する言葉で、パキスタンのトラック運転手たちはホイールカバーでバルチを調理するのだ、とある。 「バルチ」という言葉については、BBCテレビの番組『Balderdash and Piffle』でも取り上げられた。文字として書かれた最古の例として、1982年にバーミンガムの地元地域紙に載ったレストランの広告のメニューがあり、1984年冬に出たカレー・クラブ(The Curry Club)の機関誌『Curry Magazine』29号に、読者からの質問に答える形でバルチの定義が述べられている。1982年以前に、この言葉が書かれたという証拠は乏しく、オックスフォード英語辞典も、カレー・クラブも、イギリスにおける「バルチ」の最初の使用例の確定に資する情報の提供を求めている。
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起源と語源
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ベーグルの起源ははっきりしておらず、17世紀に東ヨーロッパのユダヤ人コミュニティーで食べられていたとされる。おそらく最初のベーグルはポーランドのクラクフでユダヤ人コミュニティーから発祥したとの云われもある。この形や製法は、もとは中世の古い時代に南ドイツからユダヤ人がポーランドに製法を持ち込んだプレッツェルから着想を得たものと推測する研究者がいる。ただしプレッツェルそのものも起源は古代ローマの南イタリアだとも、それ以前の大昔に東西ヨーロッパに広がっていた古代ケルト文化だとも、さらにそれをさかのぼると東ヨーロッパに興ったのち中国西部(東トルキスタン)に定住したウイグル族の祖先のインド・ヨーロッパ語族の民族トハラ人だとも言われ、厳密にこういったシンプルなパンの起源を遡ればきりがない。 中世、アシュケナジムのイディッシュ語文化の中心地だったポーランドのクラクフには、西欧からユダヤ人が多く移住し、 "obwarzanek krakowski" (クラクフ式オブヴァジャーネック)という円形のパンがある。(オブヴァジャーネックには、一度茹でて焼いたパンという意味がある)。クラクフ式オブヴァジャーネックも現代のベーグルと同様、発酵後一度茹でて焼きあげるが短時間のためベーグルより淡白な味で塩気が強く弾力と水分は少ない、プレッツェルの様に最初にひねってからリングの形に整える。 よく知られているベーグル起源説では、ニューヨーク式ベーグルの起源は1683年、ウィーンのユダヤ人のパン屋によるものとされる。このパン屋の名は明らかになっていない。 「ベーグル」という呼び名は、「円形のパン」を意味するイディッシュ語の "bugel" から来ているという説がある。ドイツ語には "bügel" という単語がある。 The Bagel: The Surprising History of a Modest Bread(イェール大学刊)の著者でBBCの調査によると、ポーランドのクラクフでは1930年代であってもベーグル(ポーランド語でバイギェル)とオブヴァジャーネックの区別はなく、イディッシュ語のベーグルもポーランド語のオブヴァジャーネックもどちらも同じ種類のこのパンを指す用語で、クラクフ市民はイディッシュ語では「ベーグル」(「バイギェル」、あぶみパン)と呼び、ポーランド語では「オブヴァジャーネック」(ゆでパン)と呼び、それが指し示すパンそのものについては特に区別しなかった、と当時から存命の古老たちが話しているようである。
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起源と語源
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北アメリカではロメインと呼ぶのが一般的だが、他の地域ではコスレタスとして知られている。多くの辞書では、コスという言葉は、このレタスの発祥地と推定されているギリシャのコス島に由来するとしている。他に、アラビア語でレタスを意味するخس khusに由来するという説もある。 ロメインレタスは、ローマを経由して西洋に伝わったと考えられており、イタリアではlattuga romana、フランスではlaitue romaineと呼ばれている。
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起源と語源
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「マカロニ (ファッション)」の記事における「起源と語源」の解説
グランドツアーでイタリアへ出向いた若い男たちが「マカロニ」趣味を発展させたが、当時のイングランドではパスタの一種としてのマカロニはほとんど知られていなかったこともあり、彼らは「マカロニ・クラブ」と称されるクラブに所属していると言われた。彼らはファッショナブル、あるいは「ア・ラ・モード (à la mode)」と思われるものであれば何でも「とってもマカロニ (very maccaroni)」と呼んだ。 ファッショナブルな地区であるロンドンのウエスト・エンドにあった版画工房兼印刷物販売所メアリ・アンド・マシュー・ダーリー(英語版)は、1771年から1773年にかけてマカロニを風刺したカリカチュアの組版画を販売した。新しい店を出した際、ダーリーはその店を「マカロニ・プリント・ショップ (the Macaroni Print-Shop)」と名付けた。 イタリア語には、「マッチェローネ (maccherone)」という言葉があり、人物に関して用いた場合は、「ぼんくら、馬鹿」といった意味になるが、これは同じくパスタの形状の名称に由来するものではあるが、イギリスにおける言葉の用法とは明らかに無関係である。
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