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モンゴル-ていこく 【―帝国】

チンギス-ハン一三世紀初め建設した蒙古族支配者とする帝国蒙古本家とキプチャク・チャガタイ・オゴタイ・イルの四汗国発展中国東北部から南ロシアにわたる領域支配フビライ中国に元を建て四汗国独立帝国分裂した。蒙古帝国


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モンゴル帝国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/09 02:21 UTC 版)

モンゴル帝国
Yeke Mongɣol Ulus ラテン文字転写)
1206年 - 1634年
モンゴル帝国の位置
モンゴル帝国の版図の変遷 テムジンがチンギス・カンを名乗った1206年から1294年のモンゴル帝国(赤)の領域に続き、4つの領域国家のゆるやかな連邦体制に移行した帝国の版図を示した(1294年時点)。ジョチ・ウルス(黄)、チャガタイ・ウルス(濃緑)、イルハン朝(緑)、大元ウルス(紫)である。
公用語 モンゴル語
首都 カラコルム
皇帝大ハーン
1206年 - 1226年 チンギス・カン(初代)
1260年 - 1294年 クビライ(第5代)
1603年 - 1634年 リンダン・ハーン(最後)
変遷
テムジンが大ハーンに推戴されチンギス・カンを称す 1206年
クビライが大ハーン即位を一方的に宣言する 1260年
朱元璋の立てた明により中国の地を追われる 1368年
後金により滅亡 1634年
先代 次代
:en:Khamag Mongol en:Khamag Mongol
ケレイト ケレイト
ナイマン ナイマン
金朝 金朝
西夏 西夏
天山ウイグル王国 天山ウイグル王国
西遼 西遼
南宋 南宋
ホラズム・シャー朝 ホラズム・シャー朝
セルジューク朝 セルジューク朝
キプチャク キプチャク
キエフ大公国 キエフ大公国
ウラジーミル・スーズダリ大公国 ウラジーミル・スーズダリ大公国
元_(王朝) 元_(王朝)
ジョチ・ウルス ジョチ・ウルス
チャガタイ・ハン国 チャガタイ・ハン国
オゴデイ・ハン国 オゴデイ・ハン国
イルハン朝 イルハン朝
明
清
モスクワ大公国 モスクワ大公国
オスマン帝国 オスマン帝国

モンゴル帝国(モンゴルていこく)は、モンゴル高原遊牧民を統合したチンギス・カン1206年に創設した遊牧国家中世モンゴル語ではイェケ・モンゴル・ウルスYeke Mongɣol Ulus)すなわち「大モンゴル国」と称した。

モンゴル帝国の創始者チンギス・カンと『四駿四狗』やその他の後継者たちはモンゴルから領土を大きく拡大し、西は東ヨーロッパアナトリア(現在のトルコ)、シリア、南はアフガニスタンチベットミャンマー、東は中国朝鮮半島まで、ユーラシア大陸の大部分にまたがる歴史上最大の世界帝国を創り上げた。最盛期の領土面積は約3300万km²で、地球上の陸地の約25%を支配し、当時の人口は1億人を超えていた。

モンゴル帝国は、モンゴル高原に君臨するモンゴル皇帝(カアン、大ハーン)を中心に、各地に分封されたチンギス・カンの子孫の王族たちが支配する国(ウルス)が集まって形成された連合国家の構造をなした。

中国とモンゴル高原を中心とする、現在の区分でいう東アジア部分を支配した第5代皇帝のクビライ1271年に、緩やかな連邦と化した帝国の、モンゴル皇帝直轄の中核国家の国号を大元大モンゴル国と改称するが、その後も皇帝を頂点とする帝国はある程度の繋がりを有した。この大連合は14世紀にゆるやかに解体に向かうが、モンゴル帝国の皇帝位は1634年北元滅亡まで存続した。また、チンギス・カン末裔を称する王家たちは実に20世紀に至るまで、中央ユーラシアの各地に君臨し続けることになる。

目次


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  1. ^ モンケ時代に『元史』においては「阿母河等処行尚書省」(『元史』巻3・憲宗本紀 憲宗元年辛亥 夏六月条「(前略)以阿兒渾充阿母河等處行尚書省事、法合魯丁、匿只馬丁佐之。」)という漢語呼称で表現されているが、『世界征服者史』『集史』には「だれそれをどこそこの地域を委ねた」とのみ書かれているだけで、実際には「阿母河等処行尚書省」のような正式的な役所名はなかったと考えられている。そのためフレグのイラン入部以前にアムダリヤ川以西の地域の財政を統括したアルグン・アカのようなダルガチたちのトップとその役所は、便宜的に「イラン総督府」などと表現されている。
  2. ^ 本田實信「阿母河等処行尚書省」『モンゴル時代史研究』101-126頁
  3. ^ 濱本真実『共生のイスラーム --ロシアの正教徒とムスリム』(イスラームを知る 5)山川出版社、2011年7月
  4. ^ Charlotte Schubert, "Y chromosomes reveal founding father", Nature Digest, 2005, p.6(邦題「Y 染色体は始祖を表す」)
  5. ^ ドーソン『モンゴル帝国史 1』p.196
  6. ^ ドーソン『モンゴル帝国史 1』p.198
  7. ^ ガブリエル・ローナイ著(榊 優子 訳)『モンゴル軍のイギリス人使節 --キリスト教世界を売った男』(角川選書 262)角川書店、1995年7月
  8. ^ 杉山正明『モンゴル帝国の興亡(上)』p.52-54
  9. ^ 若江賢三「蒙古襲来の伝聞を巡って-日蓮遺文の系年研究」『人文学論叢』8、愛媛大学人文学会、2006年
  10. ^ 杉山正明『モンゴル帝国の興亡(上)』p.53
  11. ^ 宮紀子『モンゴル帝国が生んだ世界図』(地図は語る 2) 80-130頁


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