世界システム論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/18 05:52 UTC 版)
世界システム論(せかいシステムろん、英語: World-Systems Theory)は、アメリカの社会学者・歴史学者、イマニュエル・ウォーラステインが提唱した「巨視的歴史理論」[1]である。
各国を独立した単位として扱うのではなく、より広範な「世界」という視座から近代世界の歴史を考察する。 その理論の細部についての批判・反論はあるものの、世界を一体として把握する総合的な視座を打ち出した意義やその重要性については広く受け入れられている。
概要
世界システムとは、複数の文化体(帝国、都市国家、民族など)を含む広大な領域に展開する分業体制であり、周辺の経済的余剰を中心に移送する為の史的システムである。世界システムとは言うものの、必ずしも地球全域を覆う規模に達している必要はなく、一つの国・民族の枠組みを超えているという意味で「世界」システムと呼ばれるのであり[2]、コロンブスによるアメリカ大陸の「発見」以前においても世界システムは存在した[3]とされる。中央(中核)・半周辺・周辺(周縁)の三要素による分業であり、歴史上、政治的統合を伴う「世界帝国」か政治的統合を伴わない「世界経済」、どちらか二つの形態をとってきた[4]。
しかし過去において存在した世界システムと、16世紀に成立した「近代世界システム」が決定的に異なるのは、前者が世界経済から世界帝国へ移行したか、さもなくば早期に消滅したのに対し[5]、後者は世界帝国となることなく政治的には分裂したまま存続している点である。ウォーラステインは近代世界システムのみが世界帝国となる事なく、そして衰退する事無く存在し続ける理由として世界的な資本主義の発展を挙げており、近代世界システムが多数の(言い換えれば世界システムに比較し小規模の)政治システムにより成り立っていた為、経済的余剰を世界帝国特有の巨大官僚機構や広域防衛体制に蕩尽する[6]事無くシステム全体の成長に寄与させる事ができ、また経済的要因の作用範囲が個々の政体の支配範囲を凌駕していた為、世界経済は政治的な掣肘を超えて発展する事が可能となった、としている[7]。
上記のようにウォーラステインは近代世界システムの特徴に資本主義を挙げているが、彼の言う「資本主義」は一般に使用される場合とは若干定義が異なり、自由意志に基づく労働契約を必ずしも必要とはしていない。彼によればシステムはただ一つの生産関係によって規定されるため、世界システムの中心諸国さえ「自由な労働」に基づく資本主義的な生産様式に則っているのであれば、システム全体を資本主義的と称する事ができる。つまり資本主義的な中心諸国向けに生産されるのであれば、どんな生産形態を採っていようとも世界的な資本主義経済の一端に過ぎない、とウォーラステインは主張している[8]。
このように同じシステム内においても、中心・半周辺・周辺で役割と生産形態が異なるのが世界システムの国際的分業体制である[9]。ウォーラステインによれば、近代世界システムにおいて世界経済のもたらす利潤分配は著しく中央に集中するが、統一的な政治機構が存在しないため、この経済的不均衡の是正が行われる可能性は極めて小さい。その為、近代世界システムは内部での地域間格差を拡大する傾向を持つ事になる[10]。単線的発展段階論によれば「後進」周辺地域は「先進」西欧諸国と同じ道をたどり、やがて先進中央諸国に追い付く、少なくとも経済格差は縮まっていくはずであるが、この様な理由により、周辺は中央に対する原料・食料などの一次産品供給地として単一産業化されており、開発前の「未開発」とも、開発途中の「発展途上」とも異なる「低開発」として固定化されてしまっているのである。
重要概念
- 世界システム
- ひとつの分業体制に組み込まれた広大な領域のこと。国などのいかなる政治的単位をも超える規模を持つということから「世界」システムと呼ばれる。世界システムは世界経済と世界帝国に分類される。なお、ここで言う世界とは地球上すべてを覆う概念ではなく、より小さな地域的単位を含む。イスラム世界、地中海世界、東アジア世界、新世界、旧世界といった概念を思い浮かべると分かりやすい。従って、時代によっては複数の世界システムが同時に地球上に存在することもあり得る。
- 世界経済
- 政治的統合を伴わない世界システムのこと。近代世界システム以外の世界経済は世界帝国へと変化するか、世界帝国への変化を待たず早期に消滅した。
- 世界帝国
- 政治的に統合された世界システムのこと。官僚制度や防衛・鎮圧のための軍事費によりやがて崩壊した。
- 近代世界システム
- いまだ世界帝国への変化も、消滅もしない特異な世界システム。とある世界システムが他の世界システムを包摂し成長することで成立した。16世紀以来拡大を続け、現在、地球上に唯一存在する世界システムとされる。つまり、この世界の世界システム。
ヘゲモニー(覇権)
世界システム内において、ある中心国家が生産・流通・金融の全てにおいて他の中心国家を圧倒している場合、その国家は「ヘゲモニー国家(覇権国家)」と呼ばれる。ウォーラステインによれば、ヘゲモニーはオランダ・イギリス・アメリカの順で推移したとされる。ただし、ヘゲモニーは常にどの国家が握っているというものではなく、上記三国の場合、オランダは17世紀中葉、イギリスは19世紀中葉、そしてアメリカは第二次世界大戦後からベトナム戦争までの時期にヘゲモニーを握っていたとされる。この内、イギリス・アメリカに関してはヘゲモニー国家であったことにほぼ異論はないが、しばしばオランダに関し、その優位はヘゲモニーと呼べる程には至らなかったとも考えられている。
ヘゲモニーにおける優位は生産・流通・金融の順で確立され、失われる際も同じ順である[11]。実際、イギリスが「世界の工場」としての地位を失った後もシティはしばらく世界金融の中心として栄え、アメリカが巨額の貿易赤字をかかえるようになってもウォール街がいまだ世界経済の要として機能している[12]。
世界システム論からみたソ連
世界システム論者たちは、世界が資本主義の「世界」と社会主義の「世界」に分断されていると理解されてきた冷戦時代から、「世界経済の一体性」を強調してきた。ウォーラーステインは、ソヴィエト連邦が近代世界システムのなかでアメリカ合衆国と政治的には敵対することで、むしろ機能的には世界経済を安定化させていると論じている。
日本での受容
1981年に川北稔によって『近代世界システム』が翻訳される。川北自身が歴史学者であることに表れているように、いち早く世界システム論の可能性に気がついたのは、一国史的な歴史認識に限界を感じ、交易を軸に産業革命などを世界史的な視野で研究を進めていた角山榮らを中心とした、歴史学者のグループであった。
その後、ウォーラステインと世界システム論は研究者以外にも急速に知られるようになる。それは当時、アメリカ経済の冷え込みが見え始めた一方で、好調の日本経済が留まることを知らないかのように思われ、「次のヘゲモニー国家は日本」という日本経済礼賛の文脈で用いられたためであった。しかしバブル崩壊とともにこの種の言説は鳴りを潜めることとなった[13]。
批判
西洋中心主義
世界システム論の扱う範囲はあまりに大きい為、個々の分野の専門家から詳細に関して多くの指摘がなされている。世界システム論に対して寄せられた批判の論点には、西洋中心主義 (Eurocentric)、経済以外の要因が軽視されている事などがある。ウォーラステインの共同作業者でもあり批判者でもあるアンドレ・グンダー・フランクは著書『リオリエント』(1998) において、マルクスやブローデルなどと同様にウォーラステインは「世界経済」を近代西洋に限定しているが、近代以前あるいは以降においてすらも、世界経済の基軸はアジアにあったとした。ウォーラステインはフランクが1800年以降の西欧諸国のヘゲモニーについて軽視しすぎていると応答した。
また、全四部作として計画されたにもかかわらず、いまだ第三部までしか出版されていない未完の理論であるという指摘もある。いずれにせよ、専門領域に特化しがちな諸研究を統合する視座を提供しうる世界システム論の功績は否定できないとともに、相互批判の中で更なる理論的発展が期待されている。
脚注
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン (1981, I, p.xvii)川北稔「まえがき-訳者解説-」。訳者注によれば"The New York Review of Book"でのKeith Thomasによる論評が"jumbo history"「巨視的歴史理論」の初出であるとのこと。なお、訳者川北は「超巨視的」としたが、ここでは単に「巨視的」とした。
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, p17.
- ^ さらに世界システム自体は時代によっては複数同時に存在しうる。(イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, p21)
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, pp17-19.
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, p19.
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, p67.
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, II, p281.
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, p130,163.
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, I, p231.
- ^ イマニュエル・ウォーラステイン 1981, II, p283-284.
- ^ 川北稔 2001, pp. 75–76.
- ^ 19世紀後半から20世紀前半のシティについてはP.J.ケイン、A.G.ホプキンズ『ジェントルマン資本主義の帝国』IおよびII(名古屋大学出版会、1997)を参照
- ^ 川北稔 2001, pp. 53–55.
関連項目
参考文献
注:以下に挙げられていないウォーラステインの世界システム論関係の多数の著書・寄稿記事などは#著作と#外部リンクを参照のこと。
- イマニュエル・ウォーラステイン 著、川北稔 訳『近代世界システム : 農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立』岩波書店〈岩波現代選書, 63,64〉、1981年。ISBN 4000047329。
- 川北稔、山下範久、玉木俊明、平田雅博、脇村孝平ほか 著、川北稔 編『知の教科書 ウォーラーステイン』講談社〈講談社選書メチエ〉、2001年9月。ISBN 4-06-258222-8。
- I.ウォーラステイン『近代世界システム 1600〜1750 -重商主義と「ヨーロッパ世界経済」の凝集-』川北稔訳、名古屋大学出版会、1993
- I.ウォーラステイン『近代世界システム 1730〜1840 -大西洋革命の時代-』川北稔訳、名古屋大学出版会、1997
- I.ウォーラステイン『反システム運動』太田仁樹訳、大村書店、1992
- I.ウォーラステイン『史的システムとしての資本主義』川北稔訳、岩波書店、1997
- 田中明彦『現代政治学叢書19 世界システム』東京大学出版会、1989
外部リンク
- Andrey Korotayev, Artemy Malkov, Daria Khaltourina, 「社会のマイクロダイナミクス:世界システムの成長とコンパクト・マクロモデル」情報社会学会誌. 2007. Vol.2. No.1
世界システム論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/05 07:54 UTC 版)
アメリカ合衆国の歴史社会学者イマニュエル・ウォーラーステインはアフリカ研究から出発して1970年代に従属理論の影響のもとマルクス主義に近づく一方、歴史に長期的および短期的変動の組み合わせをみるフランスのアナール学派の歴史家フェルナン・ブローデルの社会史、全体史そのほか、カール・ポランニーの経済人類学の方法なども取り入れて、独自の世界システム論をうちたてた。 彼は、それまでの歴史学は世界史を国家や民族のリレー競争のようなものとして描いていると批判した。つまりそれは、どの国や民族も同じ段階をたどることを暗黙の前提としており、それぞれの国や民族にとって、いまどの段階にあるかを知ることが肝要となる。しかし、ウォーラーステインは、とくに16世紀以降の近代世界は一国史の寄せ集めではなく、一つの大きなシステム(世界経済)であり、個々の国や民族はこのシステムを構成する要素であるとした。こうした立場に立つと、重要なことは、システムの内部においてどのような役割を果たしているかということになる。川北稔は、ウォーラーステインの所論をヨーロッパ中心史観だとするような批判があるが、それは誤解であり、世界システム論における世界とは広汎な分業体制だとしている。それによれば、世界がグローバル、すなわち地球的になったのは近年の現象にすぎず、それこそ近代世界システムの成長の到達点としての現象なのであり、かつては地中海世界、東アジア世界など、いくつもの世界があったのだとしている。 ウォーラーステインは、フランクやアミンら従属理論の影響を強く受けながらも、それが中心と周辺の関係が固定的にとらえがちな傾向にあったことを考慮して、下表に示すように、両者の垂直的分業関係のあいだに中間領域として半周辺を設け、世界システム構造の複雑性を指摘すると同時に、内部における上昇や衰退の可能性をより的確に把握できるようにした。 時代区分「中核」地域「半周縁」地域「周縁」地域特色世界商品17世紀初頭から18世紀中頃(オランダの覇権) オランダ イギリス フランス ポルトガル スペイン 南フランス ラテンアメリカ 西アフリカ 東ヨーロッパ 重商主義による西ヨーロッパ諸国の争いのなかオランダが覇権を掌握。16世紀以来の世界の一体化が進展。 17世紀後半以降、イギリスが環大西洋地域に市場を拡大、ラテンアメリカと西アフリカを従属化。 茶 コーヒー タバコ キャラコ 黒人奴隷 18世紀中頃から1917年(イギリスの覇権) イギリス フランス ドイツ アメリカ 欧州諸国 カナダ ロシア 日本 オセアニア 東南アジア インド オスマン帝国 アフリカ ラテンアメリカ バルカン諸国 フランスとの植民地抗争に勝利したイギリスが覇権を確立、世界の一体化がほぼ完成。 蒸気船の普及により、工業製品の大量輸送や地球規模での移民が可能となる。19世紀にはドイツとアメリカ合衆国が「中核」に加わった。 次のものが加わる。 綿花 綿織物 鉄 石炭 ゴム 1917年から1967年(アメリカ合衆国の覇権) アメリカ 西欧 日本 (ソヴィエト連邦) 韓国 シンガポール (東ヨーロッパ諸国) オセアニア 東南アジア インド 中東 アフリカ ラテンアメリカ カナダ (中国) 2つの世界大戦を経てアメリカ合衆国がドイツとの覇権争いに勝利し覇権を確立、世界システムが地球全体を覆った。 ロシア革命以降の社会主義国家群が「反システムの運動」を展開。ベトナム戦争によりアメリカ覇権が衰退し、多極化の時代となった。 次のものが加わる。 石油 自動車 ウォーラーステインによれば、近代世界システムは中核、半周縁、周縁の3部分から構成され、それ自体の内的運動によって不断に膨張しつつ変化する史的システムである。そのシステムは資本主義的な世界経済の形態をとり、この世界経済は長期の16世紀にその起源を持つ。そして、貢納による再分配の様式(これを、ブローデルは「経済上のアンシャン・レジーム」と呼ぶ)から、全く異質な社会システムへの移行があったとしている。また、資本主義的な世界経済は、単一の分業によって結ばれておりながら、政治的には多中心であり、文化的にも多様である。その点が、16世紀以前の世界帝国とは異なるとした。 史的システムとしての世界経済の変動には循環運動と長期変動がある。前者は資本主義生産の無政府性と有効需要の限界から生まれ、ほぼ4、50年の周期で繰り返される拡張と好況、停滞と不況の2局面の交替に代表される。対する後者は利潤増大のための生産諸要素(財貨・土地・労働力)の不断の商品化、生産における機械化、世界経済の地域的広がり、さらには社会運動、労働運動ないし民族運動のかたちをとった反体制運動としてあらわれる。この二者の相互作用のうえに世界経済は発生・成長・衰退・死滅の経過をたどるであろうとした。 また、ウォーラーステインは世界経済における循環運動に呼応して、その上部構造である国際システムに、勢力均衡と覇権(ヘゲモニー)国家の出現の周期的交替が起こるとした。勢力均衡を支えるのは列強、すなわち中核と半周縁の諸国民国家であり、各国の支配階級が世界経済で自己の利益を追求するための手段であるが、それは国際システムの構成要素にすぎず、必ずしも自律的な存在ではない。諸国家間の勢力均衡は、中核のどれか一国が世界経済を一元的に支配することを妨げる。 世界システム内において、ある中核の国家が他の中核に属する諸国家を圧倒している場合、その国家を覇権国家と呼ぶ。ウォーラーステインによれば、表に示したように、覇権はオランダ海上帝国、イギリス帝国、アメリカ合衆国の順で推移したとされる。ウォーラーステインは、オランダの覇権を1625年から1775年にかけてとしており、「オランダ以外のいかなる国も、これほど集中した、凝集性のある、統合された農=工業生産複合体をつくりあげることができなかった」と評している。しかし、ウォーラーステインに師事した山下範久は、覇権と呼びうるか疑問を呈している。これらに共通するのは、その国が覇権のピーク時に生産、流通(貿易)、金融の各分野であいついで優位に立ち、軍事・政治そして文化の各領域でその支配と価値を他国に強要できることである。しかしその覇権は失われ、再び列強が対峙する勢力均衡へと道をゆずる。なお、ウォーラーステインは、世界が資本主義と社会主義に分断されていると理解されてきた冷戦期にあっても、世界経済の一体性を強調した。彼は、ソヴィエト連邦が近代世界システムのなかでアメリカ合衆国と政治的には敵対することで、むしろ機能的には世界経済を安定化させていると論じている。 このように整理されたウォーラーステインの考え方は彼の学問上の師であるブローデルに影響して、その『物質文明・経済・資本主義』において、「世界=経済」というかたちでより広い視野のもと多角的な視覚から考察されている。さらに国際政治学にも影響をあたえ、ジョージ・モデルスキーの覇権循環論(長波理論)に共感をもってむかえられるなど多方面にわたる影響をおよぼしている。彼は、 フリードリッヒ・リストによる、未開状態→牧畜状態→農業状態→農工状態→農工商状態 カール・ビュッヒャー(英語版)による、家内経済→都市経済→国民経済 マルクス主義(弁証法的唯物史観)による、原始共産制→古代奴隷制→封建社会→資本主義社会→共産主義社会 ウォルト・ロストウによる、伝統的社会→離陸の準備段階→離陸(テイク・オフ=産業革命)→成熟への前進段階→大量消費社会 など、一連の経済発展段階説を乗り越え、世界を一体として把握する、巨視的で新しい歴史学の道を開拓した。
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