読売ジャイアンツ 主なキャンプ地

読売ジャイアンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/08 05:16 UTC 版)

主なキャンプ地

現在

過去

チームの特徴

球団名

大日本東京野球倶楽部」として設立後、1935年のアメリカ遠征時、フランク・オドールの提案によりニューヨーク・ジャイアンツをもとにした「東京ジャイアンツ」というニックネームが使用された[10][118]。その後正式なチーム名としてジャイアンツを巨人軍と訳した「東京巨人軍」となった。1947年に日本野球連盟が各球団とも「漢字+ニックネーム」を導入する事になり「読売ジャイアンツ」となる。

アメリカの新聞・テレビ・映画や英字新聞などで「Tokyo Giants」と呼称されることもあった。また、球団公式Twitterアカウントのアカウント名は「Tokyo Giants」となっている。

呼称について

野球協約第38条に書かれている構成球団は「株式会社読売巨人軍」、球団呼称は「読売ジャイアンツ」となっている。NPB所属球団は球団呼称のうちの企業名の部分が略称として各種メディアで使われているが、読売ジャイアンツについては例外的に「読売」ではなく「巨人」が一般的な略称とされている[注 33]。これは球団名が「東京巨人軍」だった時代から使われていた略称(当初は「東京セネタース」や「大東京軍」という東京を名乗るチームが他にもあったため、識別上の観点を理由として「東京」ではなく「巨人」が略称とされた)が「読売ジャイアンツ」になったあとも、慣習としてそのまま使われ続けているものである[注 34](本球団を指して「巨人」と言った場合、アクセントは「きょじん」の「きょ」に置かれる)。「巨人」という略称は、テレビ、新聞、ニュースサイト、チケットの印字などで幅広く用いられる。これらのメディアにおいて一文字で球団名を略する場合も「読」ではなく「」となる。

一方、日本野球機構(NPB)では公式な略称として「読売」を使用することがある(「読売巨人」とは称さず)。一般的な略称とは異なり、「東京ヤクルト」「横浜DeNA」「千葉ロッテ」などというように慣例的に球団名からニックネーム部分を省いたものを略称としているためである。例えば、NPB公式ウェブサイトにおける所属球団の表記[119]プロ野球ドラフト会議などでは「読売」が使用される。 「巨人」ではなく、「読売」という呼称を好んで使う他球団ファンも多いが、逆に巨人ファンが「読売」という呼称を使うことはほぼなく、「読売」の呼称は正式名称の一部であるにも関わらず、使う場合は若干アンチの意味合いがある。 また、球団、所属選手、OBなどは「巨人軍」という略称を一般的に使用しているが[120][121]、メディア、他球団がこの略称を使う頻度はそれほど多くない[122][123][124]

中国語圏(特に野球が流行っている台湾)は、巨人という伝統的漢字名を従って「讀賣巨人隊」を使う。[125][126]

マスコット

  • 初代マスコットはミスタージャイアンツ。ペットマークとして、当時のジャンパーの右胸部分に大きいワッペンが貼り付けられていた[注 35]。ミスタージャイアンツは長嶋茂雄の太い眉、王貞治の大きな目、川上哲治の太鼓腹がモチーフになったと言われている[127]。デザインを手掛けたのは、相沢光朗[注 36]。後に漫画家森田拳次雑誌『少年』で、このキャラクターを主人公とする漫画コミカライズ版)を手掛けた(1965年4月号から1967年頃まで連載)。連載中はロッテ(当時はプロ野球球団を持たず)[注 37]から「ミスタージャイアンツガム」という風船ガムを発売、またトミー(現:タカラトミー )から「おはなしミスタージャイアンツ」という人形玩具が、今井科学株式会社からプラモデルが発売された。漫画はアニメ化はされなかったが、1965年7月22日に朝日ソノプレス社(現 - 朝日ソノラマ)からソノシートが発売、主題歌「レッツゴー! ミスタージャイアンツ」(作詞 - 若林一郎 / 作曲 - 小林亜星 / 歌 - 西六郷少年少女合唱団)とドラマが収録され、ミスタージャイアンツ役は当時アニメ『スーパージェッター』に主演した市川治、また巨人軍から王貞治・長嶋茂雄・金田正一、野球解説者の佐々木信也、当時日本テレビアナウンサーの大平和夫が本人役で出演した。
  • 2代目はバットに乗りボールに帽子と顔と手足を足した「バットに乗った少年」で、1980年から1991年までの12年間の長きにわたりペットマークとして使用された。
  • 3代目は1992年から使われている「ジャビット」である。これはチームのロゴマークであるYGの組み合わせに、ウサギを絡ませたものである。ペットマークとして使用。また、着ぐるみキャラクターでは「ジャビットファミリー」として5人のキャラクターが登場する。2007年からそれぞれ個別のキャラに愛称がつけられた([3][リンク切れ]を参照)。
  • 2006年からペットマークを変更、東京の街並み(東京ドームや東京都庁舎など)のシルエットの中に「G-KING」という巨人が描かれたものになった。マスコットはジャビットのままである。
  • 2011年1月11日からペットマークを「ウイニングジャビット」に変更した。普通のジャビットを強さや格好良さのイメージを盛り込んだスマートなデザインにしたもの。2017年シーズンまで使用された。引き続きマスコットはジャビットのままである。

マスコットガール

応援スタイル

ジャイアンツの応援は、それぞれの地域の私設応援団の先導によって行われる。声援とメガホンか手拍子で応援するスタイルとなっている。ただし、応援団としてはメガホンを使用しない応援スタイルを採用している。2010年シーズンまで活動していた東京読売巨人軍応援団(東京)は、東京団員1名が、野球観戦チケットの不正転売を行い、試合観戦契約約款や特別応援許可規程に違反していたことがわかり、その責任を取って東京の応援団は自主解散した。新設される読売ジャイアンツ応援団東京読売巨人軍応援団の伝統とスタイルを引き継いで応援活動を行うとしている。これにより関東圏は読売ジャイアンツ応援団・北海道は東京読売巨人軍応援団北海道・関西圏は読売ジャイアンツ応援団大阪・中国や四国及び九州は読売巨人軍応援団GLOVE(広島・九州)がそれぞれの地域を先導する。

応援時の格好はロッテを除いた他球団同様、ホームゲームにおいてビジター用のユニフォームやシャツを着ていたり、すでに退団した監督・コーチ(木村拓也など)・選手(特に松井秀喜)のユニフォームやシャツ、松井が2009年まで所属していたニューヨーク・ヤンキース(松井の背番号・55が入っているもの)のユニフォームやシャツを着ていることも多くその統一性はあまり高くなかったが、2012年以降橙魂と称した特定の試合日にオレンジ色の特別ユニフォームのレプリカを配布しているため、通常のユニフォームやオレンジユニフォームの比率が高まっている。

営業・ファンサービス

CLUB G-Po

2007年よりサービスが開始された公式ファンクラブ。2013年現在で会員数は30万人を突破している。

サービスはポイント制となっており、巨人軍の主催公式戦(一軍は全試合。二軍は東京ドームでの開催試合のみ)に来場し、ファンクラブ加入時に入手できるカードを持参し専用ブースに行くと「来場ポイント」が加算され、その日の試合での巨人軍のチーム・選手の記録等によってポイントが付き、最終的な合計がその日の「ゲームポイント」として加算される。また、オンラインショップ「GIANTS SHOP ONLINE」(#外部リンク参照)や、東京ソラマチ内の「ジャイアンツオフィシャルストア」での商品購入、BS日テレで中継される巨人戦の視聴、他球団主催公式戦としての巨人戦(不定期)への来場等でもポイントを貯めることができる。ポイントを貯めると、達成ポイントごとにオリジナルグッズや観戦チケット等と交換ができ、抽選で東京ドームのスイートルームやエキサイトシート等での巨人戦観戦に招待される。貯めたポイントは、2013年までは交換しても消滅せずに累積で加算され(つみあげ方式)、1シーズンごとにリセットされていたが、2014年からはグッズ等と交換すると、交換分のポイントが消滅し(引き換え方式)、翌シーズンの11月30日まで有効となった。

会員はプライム・ジュニア(いずれも有料)・エンジョイ(無料)の3種類があるが、会員の種類によって受けられるサービスが異なる[128]

なお、このファンクラブは、2018年11月より新・ジャイアンツ公式ファンクラブとしてCLUB GIANTSに生まれ変わった。このサービスでは、CLUB GIANTS会員限定のチケット先行販売に参加できるほか、入会記念品のプレゼント、G-Poが貯まりやすいなど様々な特典があるものとなっている[129]

セ・リーグ首都圏3球団合同企画

2012年から、読売ジャイアンツ・東京ヤクルトスワローズ横浜DeNAベイスターズとの3球団合同で「GSDBプロジェクト」を立ち上げファンクラブ会員に限りヤクルト・DeNA主催の巨人戦で来場ポイント付与の他会員限定イベントの実施や該当試合の前売りチケット優先販売や球場DJ・チアチーム・マスコットキャラクターの相互訪問を行っている。

伝統の一戦 〜THE CLASSIC SERIES〜

読売ジャイアンツと阪神タイガースの共同プロジェクト。

80年以上の歴史を持つ日本プロ野球の創世期より、読売ジャイアンツと阪神タイガースの両球団は、球史に残る幾多の名勝負を繰り広げており「永遠のライバル」、また、両者の対決を「伝統の一戦」と呼ばれていた。これに因み、2016年、巨人・高橋由伸、阪神・金本知憲の両新監督を迎え、新体制となったことを契機に、あらためて両球団の戦いを盛り立て、多くのファンに、より一層の夢・感動を与えられるよう、両球団が共通ビジュアル、シリーズロゴの旗のもとに共同で様々な取り組みを実施する[130]という企画。なお、両球団が共同企画を行うのはこれが初めて。

その他

  • 監督は創立当初を除けば全てチームの生え抜き選手が就任しており、他球団OBが監督になっていない唯一の球団であり、また生え抜き選手でも、国内他球団への移籍やコーチを歴任していない、巨人一筋の人物がほとんどである。2リーグ制になってからは他球団に在籍経験のない人物しかいない(球団創立時の初代監督:藤本定義はプロ選手の経験がないので他球団OBではなく、巨人軍生え抜き扱いになる。なお例外として、藤田元司は巨人監督に就任する以前に大洋のコーチを務めていたことがある)。ただし、コーチや二軍・三軍の監督は生え抜きではない人物でも務めている。
  • 他球団にはあるシーズン途中での監督の長期休養や解任・辞任が皆無である(1リーグ制時代の1947年において中島治康が辞任している。それ以降、2リーグ制になってからはそのような事態がない状態となっている)。
  • 1949年のセ・リーグ成立以降、1950年から2009年の60回のうちリーグ制覇は33回。川上哲治監督の下でV9を達成した第三期黄金時代(1965年 - 1973年)以降、長嶋茂雄第一次監督時代から2010年代後半までの原辰徳第二次監督時代までの35年間、セ・リーグを13回(そのうち日本シリーズ制覇は6回)制覇している。
  • パ・リーグで大映が毎日に吸収合併され大映が消滅し大毎となり6球団制となった1958年から近鉄がオリックスに吸収合併されて近鉄が消滅した2004年までの47年間、パ・リーグの当時の6球団全てと日本シリーズで対戦していた(日本一も6球団全てで経験)。巨人が日本シリーズで敗北したことがあるのは西鉄・西武と阪急・オリックス、南海・ソフトバンク、楽天の4球団。西鉄・西武との相性は悪く、対戦成績は3勝7敗と大きく負け越している。2005年に活動を開始した楽天との日本シリーズの対戦も2013年に初めて実現し、2013年現在現存するパ・リーグ球団と全て対戦経験がある、初めて(そして唯一)のセ・リーグ球団となった。
  • 最下位になったのは1975年の1回だけでこれは現存する12球団の中では最少であり、最下位が1回しかないのは巨人だけである。また、2016年も最下位を回避したことにより、阪急・オリックスが持っていた39年連続最下位回避(1964年 - 2001年)の最長記録を、40年連続(1976年 - )として最長記録保持球団となった。この記録は2019年に43年連続に伸びている。
  • 国外へのポスティング移籍はこれまで認められていなかったが、2019年に山口俊が初めてポスティング移籍を実現させた(移籍先はトロント・ブルージェイズ)。
  • 巨人から国内FAを行使して移籍した生え抜き選手は1994年に横浜ベイスターズに移籍した駒田徳広だけである。
  • 他球団がリーグ優勝をしたにも関わらずクライマックスシリーズのファイナルステージおよび日本シリーズに敗退をしていても優勝パレードは行うことがあるが、巨人の場合は日本一にならないと優勝パレードは開かないという条件が付いている。
  • 2015年3月の読売新聞の調べによると、セ・パ全12球団のうち、災害などの回避の対策で、地方開催などを除き原則として2便に分かれて移動している、唯一の球団であるという[131]
  • 巨人の地方球場での試合は主催ゲームが多く、ビジターでは1972年以降は開催することはなかったが、2004年と2005年に1回ずつ開催されると2010年以降はヤクルト、DeNAの試合でビジターで地方開催する試合が増えてきている。2005年からはセ・パ交流戦が導入され、こちらも主催ゲームでは開催することはあったがビジターでは未だに開催されていない。
  • 球界の盟主として君臨し、長嶋茂雄原辰徳、外様においても落合博満清原和博などの右打ちの名打者が多くいながら、1シーズン40本塁打を記録した右打者は、2004年に小久保裕紀が記録するまで現れなかった。その6年後の2010年にはアレックス・ラミレスが外国人右打者として初の40本塁打を記録し、最終的に最多記録となる49本塁打を記録した。2019年には坂本勇人が生え抜きの右打者として初めて40本塁打を記録した。
  • セ・パ交流戦で2012年と2014年の2回優勝している。それ以外の年はすべてパ・リーグのチームが優勝しており、2017年までは巨人がセ・リーグで交流戦優勝経験のある唯一のチームだった[注 38]。なお、セ・リーグ球団で2回交流戦優勝しているのは巨人のみである。
  • 2007年に導入されたクライマックスシリーズでは、導入年の2007年から2016年まで10年連続でシリーズ進出を果たした。これはセ・パ両リーグ全12球団のうち唯一の記録であったが、2017年は4位に終わり、球団史上初めてクライマックスシリーズ進出を逃した[132]
  • 2020年時点では日本シリーズで「3連敗したあとに4連勝」と「3連勝をしたあとに4連敗」の両方の記録を持つ唯一の球団でもある[133]
  • 小惑星(26887) Tokyogiantsは巨人にちなんで命名された[134]

出来事

日本シリーズ終了後に公式戦

1955年の公式戦は大洋との3試合で天候不順の中止による順延が続いたため、日本シリーズの対南海戦の開幕までに全て消化し切れなかった。そのため、日本シリーズ、更にその後にも日米野球ニューヨーク・ヤンキースを招待した親善試合が組まれていたこともあって、それらの大会が終了した11月下旬にようやく残った大洋戦3試合を消化。最終戦の開催は11月23日となった。

なお巨人は以下のシーズンに未消化試合を残したままペナントレースを終了している。

  • 1937年秋季は10月27日の東京セネタース戦がきっかけとなる。
    1-2とリードされた9回裏1死1・3塁の巨人の攻撃で、水原茂の打球は投手ゴロ。投手→二塁手一塁手と転送されるも、一塁がセーフとなる。この時にセネタースの二塁手・苅田久徳が「一塁走者の平山菊二が送球を妨害した」と抗議。これが認められ一塁もアウトとなり、試合が終了した。ジャイアンツはこの判定を不服として日本野球連盟に提訴(プロ野球初の提訴試合)。11月30日の連盟理事会でこの試合を無効として再試合を行うことを決定したが、すでに大阪タイガースの年度優勝が決まっており、仮にこの試合が行われたとしてもシーズンの順位に影響が及ばないことから、12月9日に中止が決定された。
  • 1949年:日米野球に伴う公式戦一時中断に加え、2リーグ分立のあおりを受けて11月26日に日本野球連盟が解散したため、11月29日にペナントレースを打ち切った。このため6試合(阪急戦・大映戦・阪神戦各1試合、大陽戦3試合)を未消化のまま終了した。
  • 1951年:120試合の予定だったが、日米野球の日程が迫っていたので10月9日をもって打ち切りとなり、6試合(国鉄戦2試合、広島戦4試合)を消化しないままで公式戦を終了。この時は9月23日に「打ち切り」が決定したことを受けてリーグ優勝が確定した。
  • 1953年:国鉄との5試合の対戦が未消化だったが、これも日本シリーズ、さらには日米野球がこの年は2チーム(エド・ロパット・全米オールスターチームとニューヨーク・ジャイアンツ)が招待されており、残り試合の日程調整が付かなかったため、その5試合の開催を打ち切った。この年のジャイアンツは海外キャンプを行っていて、帰国が4月4日となり、3月28日のセ・リーグ開幕に間に合わなかったことも大きい。
  • 2004年:オリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズの合併に端を発した一連の球界再編問題で2日間(中日戦2試合(ナゴヤドーム))がストライキの対象となった。この2試合の代替日が設定されなかったため、138試合でリーグ戦を終えている。

史上初の2日またぎの試合

1961年9月7日の対国鉄戦(後楽園)で、史上初めての2日間またぎの試合が行われた。事の発端は延長11回表の国鉄の攻撃。3塁ゴロを捕球した長嶋茂雄がベースを踏んでアウトにしたはずが、2塁走者・土屋正孝の脚が早かった。ところが、アウトと思っていた土屋は三塁コーチスボックスに入っていた砂押邦信監督に促されてホームに向かって走った。これを見た長嶋が土屋を追いかけ三本間で交錯、そこへ長嶋からの送球を受けた捕手藤尾茂が土屋にタッチした。島秀之助球審は一旦はアウトと宣告したものの国鉄側が長嶋の走塁妨害を主張、審判団協議の結果判定が覆ってホームインが認められることになったため、今度はジャイアンツ側が土屋はラインアウトだったと主張するなど両チームが論争になった。更に興奮したファンがスタンドに火を付けたり物をグラウンドに投げ込んだりするなどの行為を行い、2人のファンが公務執行妨害の現行犯で逮捕された。2時間近くの中断の末、土屋のホームインが認められ試合が再開されたのは23時53分で、結果的に試合終了は翌9月8日の0時11分となり史上初の2日間またぎの試合となった。

2日間またぎの試合は直近では2018年9月20日の阪神広島21回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)において試合開始が1時間遅延した上に雨天中断が絡んで試合終了が翌日の0時03分になった事例がある[135]ほか、セ・リーグの大会規定で1990年から2000年に「時間無制限・延長15回・引き分け再試合」という取り決めがあった際は15回フルイニングを戦った結果日を跨いだ事例が数例あった。

疑惑の本塁打

1990年の開幕戦・ヤクルトスワローズとの地元・東京ドームでの試合で、篠塚利夫内藤尚行から放った打球が、1塁塁審を務めていた大里晴信審判員によってホームランと判定された。この判定に対して、「打球はライトポールより前方で通過し、ファールスタンドへ入った」と、ヤクルト野村克也監督は抗議したが、判定が覆ることはなかった。同日放送された各局のスポーツニュースではこの打球のVTRを再三放送し、「打球はライトポールより前方で切れ、ファールスタンドへ入った」と結論付けるものが多かった。この年からセントラル・リーグでは外野審判を廃止して4人制で行っていた。この疑惑後、東京ドームのポールは打球がわかるように黄色に塗装され、その後オレンジ色に変更された。

所属選手による賭博

2015年10月、所属選手の福田聡志が野球賭博をしていることが発覚。その後、同じく所属選手の笠原将生松本竜也の2人も野球賭博を行っていたこともわかった。11月に日本野球機構(NPB)のコミッショナー熊崎勝彦は、3選手を失格処分とし、それを受けた球団は3選手との契約を解除(事実上の解雇)。また球団に対しては指導、管理が不十分であったとされ1,000万円の制裁金が科せられた。NPBコミッショナーによる野球賭博事件による選手の処分は1969年に西鉄ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)の投手の八百長に端を発した『黒い霧事件』以来のことである。

また球団は、今回の事件の責任を明確化するため、3選手の解雇のほか、原沢敦専務取締役兼球団代表が引責辞任、桃井恒和会長・久保博社長が取締役報酬の50%返上(無期限)、白石興二郎オーナー・渡邉恒雄特別顧問が取締役報酬の全額返上(2か月)といった独自の処分を決定した。

3選手以外にも巨人の一部選手間において賭け麻雀や賭けトランプ高校野球を使ったギャンブルを読売ジャイアンツ球場のロッカールームでしていたことや、賭け麻雀には野球賭博に関与した3人の投手を含むおよそ10人が参加していたこと、賭けトランプは11人の選手が参加し大富豪やポーカーといったトランプゲームに1回1万円を賭けていたこと、守備練習でミスした選手から罰金を徴収していたことなど、球団内で賭け事が日常的に横行していた事実も発表した[136]。現金を賭けることは賭博罪に該当するが、球団は関わった選手の名前は隠したまま厳重注意処分とした[137][138]

2016年3月8日、巨人は緊急会見を開き、新たに高木京介が野球賭博に関わっていた疑いがあることが新たに判明。球団は同日付で高木京を謹慎処分にし、野球賭博を禁じた野球協約に違反したとして、NPBに告発した[139]。4人目が発覚したことにより、一連の野球賭博問題の責任を取る形で、巨人の渡邉恒雄最高顧問、白石興二郎オーナー、桃井恒和球団会長が辞任[140]。3月22日にNPBの調査委員会は高木京を1年間の失格処分とし、球団に500万円の制裁金を課す処分案を発表した[141]。その後、熊崎コミッショナーは調査委員会案と同じ処分を正式に下す[142]。これを受けた読売巨人軍は高木京介に対し即日、事実上の解雇となる「契約解除」を通達[143]

2016年4月、上記4選手以外に1名が違法カジノへの出入りがあることが確認された。しかし、日本の法律では闇カジノが違法であるにも関わらず、野球協約内では闇カジノで金銭を賭けても違反とされていないため、名前の公表はされなかった。また、3月に再度賭博調査を行ったところ、賭け麻雀は14名が参加、賭けトランプは23名が参加をしており、前年11月調査時よりも賭博への参加者が増加していた[144]


  1. ^ 1954年にコーチ、1955年に技術顧問。
  2. ^ 応召で退任。
  3. ^ 選手兼任。中島就任後は選手専任に復帰、1956年・1957年にコーチ・二軍監督。
  4. ^ 選手兼任。
  5. ^ 1949年4月15日から7月23日は中島治康が代行。
  6. ^ 1950年は選手兼任。1960年10月は川上哲治が代行。
  7. ^ 1981年7月1日は王貞治が代行。
  8. ^ 2014年5月5日、2015年4月15日 - 19日は川相昌弘が代行。

注釈

  1. ^ 後楽園における巨人の初試合は翌12日の対大阪戦で、8対9で敗れている。
  2. ^ それまでも読売新聞との関係は深かったが、当時は鉄道事業者である京成電鉄が筆頭株主であり、球団主要株主に読売新聞社が名を連ねることはなく、経営上も一応独立していた。また、京成電鉄も筆頭株主だったとは言え、球団経営には一切関与せず、株を保有していたに過ぎなかった。現在の読売巨人軍は親会社である読売新聞グループ本社(持株会社)の完全子会社(事業子会社)であり、事実上読売新聞の一事業である。
  3. ^ 同一監督によるリーグ最下位の翌年にリーグ優勝は、日本プロ野球史上初。後に大阪近鉄バファローズ梨田昌孝が2001年に達成している。
  4. ^ 読売新聞で約30万部、報知新聞で約5万部の売上部数減少。
  5. ^ 同一球場での日本シリーズは日本プロ野球史上唯一。
  6. ^ 近鉄の第3戦勝利後、先発加藤哲郎が「巨人は(当時低迷していた)ロッテより弱い」と発言したことが、巨人を怒らせ逆転のきっかけとなったとされるが、加藤自身はそのような事は言ってないと発言している[16]
  7. ^ セ・リーグに現存する6球団ではこの時が初で、2000年・2007年の優勝もサヨナラ勝利で決めている。
  8. ^ 同率2位の2球団で、前年は巨人は4位・阪神は最下位で、扱いは巨人は2位・阪神は3位である。とはいえ、この2球団で優勝争いから先に脱落したのは巨人の方である。
  9. ^ 西鉄時代を含めれば、1963年以来31年ぶりの日本シリーズ勝利となる。
  10. ^ 辞任に際してのセレモニーがないことに、阪神の星野仙一監督(当時)がたまたま最終試合は甲子園球場での試合だったために、「せめて花束贈呈をして、花道を飾りたい」と球団に直訴。そして、最後の試合を終えた後、球団史上、前代未聞の相手本拠地での辞任セレモニーが執り行なわれた。星野監督の花束贈呈のあと、原監督は男泣きをし、スピーチをした。そして、阪神ファンに温かく迎えられて無事にセレモニーを終えることが出来た。
  11. ^ それまでのプロ野球最高記録は1980年の近鉄の239本、セ・リーグ最高記録は1985年の阪神の219本だった。
  12. ^ 2004年と2005年のパ・リーグでシーズン1位の福岡ダイエー(福岡ソフトバンク)ホークスがプレーオフで敗退し日本シリーズ未出場であるが、これはプレーオフ勝利チームをその年の優勝チームと定めていたためである。なお2010年の福岡ソフトバンク、2017年の広島、2018年と2019年の埼玉西武がいずれもリーグ優勝しながら、それぞれCSで千葉ロッテ、横浜DeNA、福岡ソフトバンクに敗れ日本シリーズ出場を逃している。
  13. ^ セ・リーグで唯一200イニングを達成したグライシンガーが東京ヤクルト時代の16勝から1つ勝ち星を伸ばして最多勝と最優秀投手を獲得し、内海も14勝を挙げたのが12勝と2つ減らすにとどまったが、高橋尚成が14勝を挙げたのが8勝、木佐貫が12勝を挙げたのが6勝、7勝を挙げた金刃と5勝を挙げた福田が勝利なしと前年52勝だった先発陣の勝利数が26勝と半分に減ってしまった。
  14. ^ 実際のホームラン数は177本にとどまったが、7月9日から最終戦までのホームラン数を144試合で換算すると218本になる計算である。
  15. ^ 7月8日時点でのゲーム差。日本プロ野球全体では1963年の西鉄ライオンズに次ぐ2番目。
  16. ^ その日は神宮球場で優勝を決めたのは史上初である。
  17. ^ この年の7月、球団ワースト新記録となる12試合連続2桁被安打を記録。
  18. ^ これは東京ドームの代替ではなく、震災発生前よりこの日の宇部での試合が決まっていた。
  19. ^ 過去に獲得したFA宣言選手の中で前年のMVPを獲得したのは2006年の小笠原以来だが、小笠原がいた北海道日本ハムはパ・リーグの為、同一リーグのMVPと平成生まれのFA選手を獲得したのは史上初である。
  20. ^ マシソンは、カナダ代表としては東京五輪までプレー。
  21. ^ 亀井が9月25日、大竹が9月27日、中川が10月9日、増田が10月13日にいずれもケガで離脱し、4人共出場選手登録を抹消された10月13日から24日にかけての試合は3勝5敗2分である。
  22. ^ 因みに、これまで達成した球場とその内容は川上は中日スタヂアムで左安打、長嶋と柴田はいずれも神宮球場で左安打、王は甲子園球場で右安打、阿部は広島市のMAZDA Zoom-Zoom スタジアムで右安打だったため、坂本が東京ドームで二塁打以上の長打(実際に二塁打)で決めたのはいずれも球団史上初である。
  23. ^ アジアシリーズの振り替え大会。
  24. ^ 2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から延長戦が無かった。延長戦がある年では1978年の16分が最多。
  25. ^ 野村克也は2012年に名誉監督を退任した。
  26. ^ 当時福岡ソフトバンクホークス監督だった王は現場を離れられないということで次女の王理恵が代理出席。なお、黒沢の遺族は消息がつかめなかったという。
  27. ^ このラグランスリーブのユニフォームを製作したのは、スポーツ用品店でなく、「銀座テーラー」という老舗の紳士服専門店であった。
  28. ^ 銀座テーラー製→玉澤(TAMAZAWA)製→デサント製と時期により異なる。
  29. ^ 協約上は正式に公式戦でも使用可能なユニフォームとして登録されていた[93]
  30. ^ 2018年5月28日にアメフト部のタックル問題で批判を浴びていたため、契約を解除したと発表した[115]
  31. ^ 廃止されたものを含めると中日の旧球団歌「ドラゴンズの歌」、東急→東映の旧球団歌「フライヤーズの歌」も作曲しており、1963年から1973年までの10年間はNPB全体の3分の1が同一作曲者の球団歌を使用していたことになる。
  32. ^ 一部の文献では「阪神タイガースの歌」と同じ佐藤惣之助の作詞と紹介される場合があるが、実際に佐藤が関わっていたのかは不明。
  33. ^ なお、読売ジャイアンツ以外の例外として、「広島カープ」が「広島東洋カープ」に改称した後もそれまでの呼び方を引き継いで「東洋」ではなく「広島」という略称で一般的に呼ばれている。
  34. ^ プロ野球ポスター 1リーグ時代図録”. 野球殿堂博物館. 2017年5月7日閲覧。収蔵されているポスターをみると、戦前、戦中、チーム名変更以降も「巨人」という略称が使われているのが確認できる。
  35. ^ 長嶋が「ミスタープロ野球」と呼ばれているのは、敬意の他にこのマスコットと混同しないという目的も当初あったが、現在ではそう呼ばれることが通例となった。
  36. ^ 画家(1919年生まれ)。日本水彩画会審査委員、日展水彩作家協会委員。
  37. ^ 後の千葉ロッテマリーンズにつながる球団は、当時は大映を親会社とする『東京オリオンズ』だった。ロッテは1969年から命名権に準じるスポンサーとして参加し、球団名を『ロッテオリオンズ』としたが、大映が倒産寸前となった1971年から正式に球団を保有し、1992年から現在の球団名となっている。
  38. ^ 2018年の交流戦最高勝率球団はヤクルト。
  39. ^ 巨人軍憲章」とも呼ばれる遺訓のうちの1つで、残りは「巨人軍は常に強くあれ」「巨人軍はアメリカ野球に追いつけ、そして追い越せ」で計3か条である。
  40. ^ もっとも近年では、バラエティ番組などで、監督・コーチを含めて場合により私服でのテレビ出演も行っている。
  41. ^ 2012年シーズン時は、日本の現在の電力事情を考慮し、ノーネクタイでの遠征も認められた。
  42. ^ なお、堀内自身も監督就任後にチームの気分転換を図るため、ひげを蓄えた時期があった。
  43. ^ 大阪タイガースの親会社であったが、戦前は球団の親会社が他球団に出資しても問題はなかった。逆に読売新聞社が大阪タイガースに出資していた。
  44. ^ 1934年に開催された日米野球の阪神甲子園球場の未払使用料(阪神側から見ると未収入金)を出資金に振り替えたもの。
  45. ^ 南海ホークスとの日本シリーズでは元のユニフォームが使用された。
  46. ^ かつては札幌、福岡(ライオンズが去りホークスが来るまでの1979年から1988年の間)をフランチャイズとする球団がなく、また「テレビ中継と言えば巨人」の時代であったため、当時の札幌や福岡での巨人戦のチケットはプラチナチケットで争奪戦となっていた。だが、後にそれらでフランチャイズとする球団が現れてからは地元の球団に人気が集中し相対的に巨人の人気が下がったことで、観客動員にも影響したために開催するメリットが薄れたことで休止となった。
  47. ^ 2011年のみ、東日本大震災の影響で、10月に延期したうえで会場を京セラドーム大阪に変更して開催された。
  48. ^ 2012年より都市対抗は7月(中旬から下旬)の開催に戻っている。
  49. ^ 2013年に照明が設置され現在はナイターの開催が可能となっており、日本ハムは同球場での試合をナイターで開催している。
  50. ^ 2002年度の北海道シリーズ(札幌ドーム)では、FIFAワールドカップ日韓大会(札幌ドームが会場の1つ)の関係で3試合ともデーゲーム開催だった。また、2004年9月23日の対横浜ベイスターズ戦(横浜スタジアム)もデーゲームで開催された。
  51. ^ これは2000年代後半以降、日本テレビのゴールデン・プライムタイムのレギュラー番組が安定した視聴率を保っており、そちらを優先する編成の意向がある。特に土日はナイターの場合日本テレビでの放送は行わず、稀にNHK総合が放送する程度である。
  52. ^ 2002年~2004年までの間は21:54までの最大60分だった。
  53. ^ 当初のタイトルは「九番打者」として少年サンデー小学館刊)に連載された。
  54. ^ 前身の『かっとばせ!キヨハラくん』においても「東京カイアンツ」というパロディで登場している。

出典

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